僕は弟には勝てない
「あなた、彼氏を待っていると言ってましたよね?」
「えっ?」
「連絡、してみたらどうですか? 女性を長い時間待たせておいて、連絡ひとつよこさないなんて、ひどいじゃありませんか」
「・・・」
「僕、あっちに行ってますから、連絡してみて下さい」

 僕は、電話の邪魔にならないように、リビングを出ようとした。

「連絡、出来ないんです」
「えっ?」
「彼、もういないんです」
「どう言う事ですか?」
「クリスマス・イブに会おうって約束した。だから、待っていれば彼が現れるかもしれない。神様が奇跡を起こしてくれるかもしれない。そう思ったんですけど、やっぱり駄目ですね。天国に逝った彼が、戻って来るはずがありませんね」

 彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ出した。
 僕は、いてもたってもいられず、気が付くと彼女を抱きしめていた。
 僕の胸の中で泣き続ける彼女。
 彼女の涙が枯れる迄、何時間でもこうしていたいと思った。


 どれくらい経ったのだろう。
 僕は、時計に目をやった。
 時刻は午前3時半。
 彼女は、僕の腕の中で寝息を立てていた。
 そんな彼女を起こさないように抱き抱え、自分のベッドに運んだ。
 泣き疲れたのか、彼女が目を開ける事はなかった。

「かわいそうに・・・」

 彼女は、天国に行った彼氏を待っていたのだ。
 戻って来る事はないとわかっていても、それでも彼女は待っていたのだ。
 街中がクリスマスムードに包まれた中、何て孤独な人だろう。
 僕も毎年一人だが、僕の一人と彼女の一人は違う。

 シャワーを浴びにバスルームに入った。
 寝室とは離れているので、そんなに音は気にならないはずだ。
 しかし、なにぶん今は真夜中だ。
 あたりは静まり返っている。
 僕は、意識してなるべく音を立てないように(シャワーの水音はしかたないとして)身体を洗った。

 バスルームを出て、バスタオルを腰に巻いた姿で寝室に戻る。
 最初に着替えを用意しておくべきだった。
 僕はそっとクローゼットを開けると、中から下着を出した。
 ゆっくり扉を閉め、振り向いた僕は彼女と目が合った。

「あっ、ごめん。起こしちゃった?」
「あの・・・」
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