僕は弟には勝てない
「すぐ向こうに行くから、君はそのままそこで寝てて」

 僕は慌てて寝室を後にした。
 肌着とパジャマは身に着けたものの、ふとんがない事に気づいた。
 僕の寝具は、ベッドにある羽毛ふとんだけだ。
 夏用のタオルケットはあるが、それを出すにはまた寝室に行かなくてはならない。
 とりあえず洗面所から乾いたバスタオルを持って来た。
 ソファーに横になってそれを掛ける。
 急速に身体が冷えて来る。
 暑いのは苦手だけど、今日ほど夏だったら良かったのにと思ったのは初めてだった。

 ガチャッ

 リビングのガラス扉が開き、彼女が姿を現した。

「ここじゃ風邪ひきます。ベッドで一緒に寝て下さい」
「いや、僕は大丈夫ですから」

 そう言ったのもつかの間。
 僕は大きなくしゃみをした。

「どうぞあちらに。来てくれないと、私も寝られませんから」
「いや、しかし・・・。若い女性と一緒に寝るというのはいくらなんでも・・・」
「あなた、何もしませんよね?」
「も、もちろんです!」
「だったら、一緒に寝ましょう」

 僕は、そうしていいのか悪いのかよくわからないまま、ベッドに横たわった。
 彼女の手が僕の腕に触れる。
 さっきまでベッドに入っていたはずなのに、その手はすっかり冷たくなっていた。

「手、握ってもいいですか? 温まるまで、包んでいたいんです」

 こくりとうなずく彼女。
 それどころか、身体全体を僕の方へ寄せて来た。
 心臓がバクバクする。
 過去には僕にも彼女がいた。
 大切な彼女を弟に寝取られてからは、女性というものが怖くなったが。

「あったかい」
「えっ?」
「あなたって、あったかい」
「自分でもそう思うよ。太ってるせいだと思う」
「くっついていいですか?」
「僕で良ければ」
「何だか、久しぶりにぐっすり寝れそうです」
「それは良かった」
「お休みなさい」
「お休み」
 
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