僕は弟には勝てない
 彼女は、その言葉の意味がわからないといったような感じで頭を傾けた。

「僕は何の取り柄もないし、ブサイクでデブだし、君とは不釣合いだと思うよ」
「どうしてそんな事言うんですか? あなたは、彼が亡くなって孤独に震えていた私の心を癒してくれた。今迄あなたみたいに安心出来る人に出会った事なかった。もしかしたら、彼以上かもしれない」
「まさかぁ」
「駄目ですか?」
「駄目だなんて。君が良ければ、僕は大歓迎だよ」
「良かった」

 夕べ、あんなに泣いていた彼女とは別人のような、素敵な笑顔がこぼれた。

「その笑顔が見られるなら、僕は何でもするよ」
「ありがとう」

 彼女は僕より二つ年下の28歳。
 童顔のせいで、年よりも若く見える。
 着ている服も清楚で、とても爽やかに見えた。
 僕が太っているからか、彼女の細い身体が、一緒にいると益々華奢に見える。

 それから僕達は頻繁に会うようになった。
 鏡を見ると自分の顔が嫌になる。
 だけど彼女といる時は、自分の容姿の事なんか忘れて、どうしたら彼女が笑ってくれるかな? どうしたら彼女が喜んでくれるかな? と、必死に頑張っている自分がいた。
 そのうち、彼女以上に自分が癒されているんだという事もわかった。
 彼女を守る為だったら、僕は命でも差し出す事が出来る。
 
 そして、再びの悪魔がしのび寄って来たのは、彼女と付き合いだして半年ほど経った頃だった。
 僕達は街で買い物を済ませ、食料品が入った袋を抱えてマンションに入ろうとしていた。

「兄貴」
「・・・」

 あいつだ。
 今迄僕を避けて来たくせに、何で今頃声を掛けて来た? 
 あいつの魂胆はわかっている。
 前のように、僕の彼女を自分のものにする気なんだ。
 僕が生涯をかけて守りたいと思った彼女。
 もう彼女を失うのはごめんだ。

 「こんにちは。あなた、兄貴の彼女さん?」
 「将夫さんの弟さん?」
 「はい」
 「やだ、知らなかったわ。将夫さんにご兄弟がいるなんて」
 「こいつの事はいいんだ。さあ、中に入ろう」
 「兄貴、そんなに冷たくしなくてもいいじゃん」
 「あの、これから食事するんだけど一緒にどう?」
 「やったー。それじゃ、遠慮なく」
 「帰れ」
 「将夫さん?」
 「お前とは関わりたくない。帰ってくれ」
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