僕は弟には勝てない

 その後、頻繁にうちにやって来るようになった弟。
 あいつに優しく接している彼女を見て、嫉妬心が芽生える事もあった。 
 彼女は、相手が年寄りだろうが子供だろうが、困っている人を見過ごす事が出来ない。
 人が好きと言おうか、誰かの為に生きているのを楽しんでいるかのようだった。

「聡くん、今日仕事は?」

 彼女は弟をそう呼んでいた。
 僕はあいつを名前で呼んだ事がない。

「美里ちゃんに会う為に、残業せずにすっ飛んで来た」

 お前、美里ちゃんだなんて軽々しく呼ぶんじゃない。
 ここで何か言うと、あいつは僕が嫉妬していると思っていい気になるに違いない。
 あえて何も言わず、ポーカーフェイスを装った。

「またまた」
「で、今日の料理は何?」
「今日は、将夫さんが大好きな焼きカレー」
「美里ちゃん、兄貴の事ばっかだな。たまには俺のリクエストにも答えてくれよ」
「聡くん、何が好きなの?」
「俺? えっとね、から揚げとか、コロッケとか、揚げ物全般」
「わかった。それはまた今度作ってあげるね」
「マジ? やった」
 
 あの出来事があったのは、それから数ヶ月経った頃だった。
 僕はその日残業で、1分でも早く仕事に切りをつけようと頑張っていた。
 彼女が食事を用意して待っていてくれているからだ。


 ピンポーン

「あら、聡くん」
「兄貴、残業?」
「うん。どうぞ、上がって」
「ああ」
「コーヒー入れる?」
「ああ」

 彼女は、二人分のコーヒーが入ったマグカップをトレーに乗せると、テーブルに運んだ。

「お待たせ。来るなら来るって言ってよ。今日は夕食、将夫さんの分しか作ってないわ」
「飯は食って来た」
「そう。良かった」
「なあ美里ちゃん」
「何?」
「兄貴のどこがいいの?」
「えっ?」
「あんなダメ男とじゃ、君が可哀想だよ」
「どうして?」
< 9 / 11 >

この作品をシェア

pagetop