眠り姫と少年のお話
「実は今日、君の夢を見たんだ。それでいつもより早起きしたんだよ」
半ば独り言のように、呟くように彼女に話しかける。
…彼女から返事が返ってくる事はない。当たり前だ。ただ僕はその事実に口元を緩める。
「今日の仕事は煙突掃除なんだ。多分、仕事から帰る頃には全身が煤まみれで真っ黒になるだろうね」
今日も変わらない彼女の寝顔を眺める。相変わらず、彼女の寝顔は綺麗だ。
ーー彼女がこの家に移ってから、かれこれもう5年が経つ。だけど、彼女の姿はいつまでもあの頃のまま、その若々しい姿が老いていく様子は未だに見られない。
おそらく、彼女にかけられた【永遠の眠り】の呪いは、その名の通り、彼女が眠り始めた時の状態のまま、呪いが解かれるまでの【永遠】を保つものなのだろう。
彼女はその呪いが解かれるまで、いつまでも変わない姿で目を閉じ、ベッドの上で穏やかに胸を上下させ続けるのだ。
…最初の頃は僕も、彼女の眠りが一刻も早く覚めることを祈っていた。どうにかして呪いは解けないのかと、僕に出来ることはないのかと必死に考えた。
だけど僕には何も出来ない。彼女に何もしてあげられない。それが僕に突きつけられた現実だった。
だって、僕は王子様ではないから。どんよりと灰色がかった町の隅っこで薄汚く生きている僕は、どうやっても眠り姫の王子様になれはしないのだから。
彼女の王子様ではない僕は、彼女を目覚めさせてあげることは出来ない。
それを自覚しながらも、諦めの悪い僕は彼女の元へと足繁く通う。町の人や、あんなに彼女を愛していた家族にさへ呪いのせいで疎まれ、人目のつかない森の奥へと追いやられて一人になってしまった彼女の元へと足を向けるのだ。
そして相変わらずそのベットの上で静かに眠り続けている彼女の姿に落胆し、愚かにも安堵する。
…彼女の王子様が現れず、今日も僕だけの彼女であることに胸を撫で下ろすのだ。
「……叶うのならば」
どうか、この眠り姫の元に運命の王子様が来ませんように。どうか今日も、僕だけのお姫様でありますようにーー。
そんな最低な願いを込めて、僕は彼女の髪をそっと撫でた。
(臆病な少年は、自らが少女の王子様である可能性に気づかない。)