神鳴様が見ているよ
あの日は、この窓のカーテンを閉めてたんだっけ。
この床も、もう、キレイ、でね。
なにもなかったように、ね。
私と蒼の見えないココロのキズ以外は。
やっぱり、なかったことなんて、できなかったよ。
お互い、思い出して。
蒼とふたりだけだと、こんなふうになるんだ。
もう、ずっと、こんなんになるんだ。
あれから、ちょうど一年経ったのに、止まったままの想い。
変わっていなかった蒼の想い。
私は、そのまま、止めてしまった想い。
ノック一回で、ドアが開く。
「理和?」
夢うつつの中、蒼の声が聞えるような気がする。
少しずつ、覚醒していく意識の中で重い瞼をほんの少し上げると、外は、いつのまにか、薄暗く、ザーッと雨音がする。
蒼の足音が近づいてきて、私の横に座り込んだ気配と頬に温かい指先があてられる感触。
「ごめん、非道いのは、俺だ」
「あ、お?」
「理和のことを想うのやめようって、一年経って、もう大丈夫かもって」
頬を離れた指先が、今度は唇を閉じるように触れる。
「母さんに理和をどこかに連れてけって言われても、結構、平気で引き受けられたし、ビーフシチューの匂いも、嬉しいとは、思ったけど、気持ちは穏やかだった」
蒼の顔は影っていてよく見えないけれど、時折、稲光で見える蒼は、何かを無くして、あきらめたような力のない表情をしている。
「だから、もう理和に近づいてもいいんだって、思ってたのに。他の男が側にいるの、我慢できなかった。強引でも、俺のものにしたくなった」
蒼の想いは痛いほど伝わってるのに、私は唇の指を振り払うことができずに、ココロの中で謝る。ごめんなさい、蒼。
「このままだと、もう本当に俺、ヤバいよ。さっきのでわかった。これ以上、理和の近くにいたくないんだ。怖いんだ、また、キズつけるかもしれないこと」
視界が、涙で揺れてきた。
蒼がそれに気がついて、瞳を閉じて、私から顔をそらした。
「理和の怯えるような顔も、泣きそうな顔も、もう見たくない。俺のせいで、なんて」
唇から指先が離れて、蒼が立ち上がる。
それでも、なにも言えない私は、体を起こすこともできない。
彼の足音が、ドアに向かうのを聞きながら、顔だけ、そちらに動かす。
「理和から離れるよ、今度こそ、本気で、これきりだ。でも、この家では、今まで通りにできるだけする。だから、笑って、前のように、姉さんぶって、な」
蒼は、一度も、振り返ることなく、ドアを開けて、後ろ手で閉める。
ドアが閉まる直前、思い出したように、ちらっと、私を見て、
「二十歳の誕生日おめでとう、理和。エスコートできなくて、ごめん」
手の平で瞳を覆うけれど、涙があふれて、目尻を伝って、床を濡らすのがわかる。
私は、どれだけ、蒼をキズつけるんだろう。
この涙は、何に対してなんだろう。
悲しいよ、切ないよ、苦しいよ。
蒼が、いっちゃった。
エスコートしてくれるって。
二十歳の誕生日に、蒼とふたりで祝えるのが嬉しかったの。
ピアノを弾くのも、シチューを作るのも、蒼に『好き』って言って欲しかったからなの。
ずるいよね、受け取るばかりで、自分からは返していない。
自分だけ、心地いいことばかり、求めて。
まだ、想っていてくれたのに。
彼の想いを受け止めて、添いたいと思ってるのに。
好きなひととの子に対して、少しも愛情がないまま、失って、安心した自分が許せない。
蒼を関係ないと切り捨てて、何もなかったかのようにしようとしてることも。
こんな自分勝手な私が今さら、蒼と一緒にいたいなんて言えるわけがない。
蒼が、そんな私を許して、受け入れてくれるなんて思えない。
私から、離れるんだ、蒼の想いが、今度こそ。
私の事、もう本当に好きじゃなくなるんだ。
わかってたことでも、身に染みると、こんなに涙が出るくらい悲しいことだったんだ。
ちかっと、稲妻が瞳の端に入ると神鳴様の音が聞こえる。
玄関のドアが閉まる音は、蒼が家出ていく音。こんな、神鳴様の来ている時に、出ていくんだ。
私のせいで、蒼をひとりにしてしまう、いつも。
蒼には、謝ることばかりココロに溜まっていく。
でも、もう、これで、それも終わり。
そうだよね、私から、離れれば、つらいこともなくなるよね。
願うのは、これからの蒼の幸せ。
どうか、私のつけたキズを癒すことができるひとと、巡りあって、幸せになって。
それを見届けるまで、私は自分のことは望まないから。
この床も、もう、キレイ、でね。
なにもなかったように、ね。
私と蒼の見えないココロのキズ以外は。
やっぱり、なかったことなんて、できなかったよ。
お互い、思い出して。
蒼とふたりだけだと、こんなふうになるんだ。
もう、ずっと、こんなんになるんだ。
あれから、ちょうど一年経ったのに、止まったままの想い。
変わっていなかった蒼の想い。
私は、そのまま、止めてしまった想い。
ノック一回で、ドアが開く。
「理和?」
夢うつつの中、蒼の声が聞えるような気がする。
少しずつ、覚醒していく意識の中で重い瞼をほんの少し上げると、外は、いつのまにか、薄暗く、ザーッと雨音がする。
蒼の足音が近づいてきて、私の横に座り込んだ気配と頬に温かい指先があてられる感触。
「ごめん、非道いのは、俺だ」
「あ、お?」
「理和のことを想うのやめようって、一年経って、もう大丈夫かもって」
頬を離れた指先が、今度は唇を閉じるように触れる。
「母さんに理和をどこかに連れてけって言われても、結構、平気で引き受けられたし、ビーフシチューの匂いも、嬉しいとは、思ったけど、気持ちは穏やかだった」
蒼の顔は影っていてよく見えないけれど、時折、稲光で見える蒼は、何かを無くして、あきらめたような力のない表情をしている。
「だから、もう理和に近づいてもいいんだって、思ってたのに。他の男が側にいるの、我慢できなかった。強引でも、俺のものにしたくなった」
蒼の想いは痛いほど伝わってるのに、私は唇の指を振り払うことができずに、ココロの中で謝る。ごめんなさい、蒼。
「このままだと、もう本当に俺、ヤバいよ。さっきのでわかった。これ以上、理和の近くにいたくないんだ。怖いんだ、また、キズつけるかもしれないこと」
視界が、涙で揺れてきた。
蒼がそれに気がついて、瞳を閉じて、私から顔をそらした。
「理和の怯えるような顔も、泣きそうな顔も、もう見たくない。俺のせいで、なんて」
唇から指先が離れて、蒼が立ち上がる。
それでも、なにも言えない私は、体を起こすこともできない。
彼の足音が、ドアに向かうのを聞きながら、顔だけ、そちらに動かす。
「理和から離れるよ、今度こそ、本気で、これきりだ。でも、この家では、今まで通りにできるだけする。だから、笑って、前のように、姉さんぶって、な」
蒼は、一度も、振り返ることなく、ドアを開けて、後ろ手で閉める。
ドアが閉まる直前、思い出したように、ちらっと、私を見て、
「二十歳の誕生日おめでとう、理和。エスコートできなくて、ごめん」
手の平で瞳を覆うけれど、涙があふれて、目尻を伝って、床を濡らすのがわかる。
私は、どれだけ、蒼をキズつけるんだろう。
この涙は、何に対してなんだろう。
悲しいよ、切ないよ、苦しいよ。
蒼が、いっちゃった。
エスコートしてくれるって。
二十歳の誕生日に、蒼とふたりで祝えるのが嬉しかったの。
ピアノを弾くのも、シチューを作るのも、蒼に『好き』って言って欲しかったからなの。
ずるいよね、受け取るばかりで、自分からは返していない。
自分だけ、心地いいことばかり、求めて。
まだ、想っていてくれたのに。
彼の想いを受け止めて、添いたいと思ってるのに。
好きなひととの子に対して、少しも愛情がないまま、失って、安心した自分が許せない。
蒼を関係ないと切り捨てて、何もなかったかのようにしようとしてることも。
こんな自分勝手な私が今さら、蒼と一緒にいたいなんて言えるわけがない。
蒼が、そんな私を許して、受け入れてくれるなんて思えない。
私から、離れるんだ、蒼の想いが、今度こそ。
私の事、もう本当に好きじゃなくなるんだ。
わかってたことでも、身に染みると、こんなに涙が出るくらい悲しいことだったんだ。
ちかっと、稲妻が瞳の端に入ると神鳴様の音が聞こえる。
玄関のドアが閉まる音は、蒼が家出ていく音。こんな、神鳴様の来ている時に、出ていくんだ。
私のせいで、蒼をひとりにしてしまう、いつも。
蒼には、謝ることばかりココロに溜まっていく。
でも、もう、これで、それも終わり。
そうだよね、私から、離れれば、つらいこともなくなるよね。
願うのは、これからの蒼の幸せ。
どうか、私のつけたキズを癒すことができるひとと、巡りあって、幸せになって。
それを見届けるまで、私は自分のことは望まないから。