神鳴様が見ているよ
6章 蒼のバースディ
蒼のマンションを見上げる。
きょろきょろと周りを見回して、カフェの看板を見つけて、そちらへ足を向ける。
(迷惑かもしれないなー、コレ)
カフェで、ココアをすすりながら、シチューの入った紙袋を見て後悔する。
誕生日だもん、誰か、彼女とかと約束してるはずで、自宅で祝うかもしれない。私の手作りなんて、入る隙間ないかもしれない。
でも、ちゃんと、蒼に伝えると決めたんだから。蒼のバースディは私の一日あと、昨日だけ年下の彼は、すぐに同い年になる。
携帯端末を出して、メールをする。
『お誕生日おめでとう。シチュー持ってきて、マンションの近くにいます。話しがあります、すこし、会えませんか?』
ほっと一息ついて、端末をテーブルに置き、ココアを飲む。すると、まもなく返事が届いた。
『マンションの前に来て』
端末を握ったまま、慌てて、カフェを出る。
マンションの外で蒼が待っていた。
私を見止めると、顎をくいっと上げて『こっち』の合図。
私を見ないで、さっさと前を歩いて行く。入り口で、パネルを操作しているところで、追いついて、彼の背中に、
「誕生日おめでとう」
「うん」
「あ、これ、シチュー」
持っていた紙袋を蒼に差し出すと、奪うように持ち手を引っ張って、引き取った。
「ん」
ただ、それだけで、こちらをちらりとも見ない。
それからは何も言えなくて、視線を下げて、彼の後をついていく。
無言のエレベータの中は空気も重苦しくて、息が詰まる。エレベータから降りたときには、なんだか疲れてしまっていた。
部屋に入って、突き当たりのリビングに着いたところで、すぐに、蒼が立ち止まった。
「ナニ? 結婚でも決まったの?」
「え、あ、それは……」
ちっと舌打ちした蒼は、キッチンのカウンターに紙袋を置いて、腕を組んで、瞳を細くして睨むような鋭い目つきで窓を見ている。
「理和がしたら、俺もするかな」
「彼女と? 旅行いったんだっていう」
「誰とでも、関係ないだろ」
『関係ない』は直接聞くと、やっぱり、キツイな。私も、一度、蒼に対して、直接ではないけど言ったこと。それが自分に返ってきただけ、キズついてはいけない。
「そっか、うん。なら、蒼が結婚するまで、私は、しないよ」
蒼はぎょっとしたように、全身でビクッとして、瞳を見開いたまま、私を見つめる。
「え」
「あのね、蒼が幸せなとこを見たいの。も、ずっと前から、決めてたことなの。だから」
蒼は、腕をほどいて、カウンターを拳で叩いた。
「なにいってんだよ! 勝手なこと言うなよ!」
「うん、ごめんね。いつも、勝手で、やな思いさせたよね。蒼をキズつけてばかり」
「理和……」
「ホント勝手だけど、蒼が誰かと一緒になって、幸せなのを見届けるまでは、私はどうでもいいのよ、考えられないの」
ぎゅっと、拳を握って、蒼を見て、微笑む。
「蒼の誕生日で、そろそろ、そういう話も出るのかなって、伝えておこうと思って。もしかして、私に遠慮して、迷うことがあったらね」
「そんな話なんて、ねーよ……」
「うん、今は、そうでもね、これから先のことでも、私は、そう思ってるから。蒼が結婚するまで、私はしないの」
「そんなん、いつになるかわかんねーよ。カレシ、どうすんだよ」
「いないよ、私」
「は? でも……」
「つき合って欲しいとは、言われたけど」
初めてではない、今までも、そういうのはあった。
ただ、今回の彼は、友達感覚で気が合って、食事や休日に出かけたりがいつもより多かった。
昨日のバースディの約束を断った時に、結婚前提の告白されたけれど、そこで、私は、引いてしまった。
このひとと結婚するイメージがわかなかった。
それに、私自身、結婚する意志が今はない。
蒼が誰かと一緒になるのを見届けてからと、決めているから。
それは、すぐかもしれないし、実際、いつになるかわからないけれど、それからじゃないと、やっぱり、自分の結婚は考えられない。
そんなことを、考えてる私は、彼よりも蒼が大事だから。
「そんなに、好きになれなかったの」
ひととき、瞳をふせてから、蒼を見る。彼が何かを言いたそうに、口を開きかけたのを遮るように、
「もう、帰る、ね」
はっと、瞳を見開き、顔を私から、そむけた。
「ん、あ、シチューありがとう」
「ん」
エントランスを出て、足を止める。視界を白くするような霧雨が降っていた。
耳をすり抜けていくような優しい雨音。ちらっと、マンションの入り口を見て、首を振る。
(よし! ダッシュだ)
駅からここまで、ゆっくり歩いて十分くらい、走れば、もう少し早いだろう。
走り出して、すぐに諦めて、さっきのカフェの軒下で雨宿りすることに。
霧雨は、意外と、水滴がくっつく。あっという間に、体全体が、しっとりしてしまった。
ハンカチで顔を拭きながら、薄いグレイの空を見る。
(やむまで、待つか、もったいないけど、タクシーだな)
「理和」
声の方に向くと、蒼が少し息を切らせて、傘を差し、手にもう一本、傘を持って私を見ている。
「あっ、ありがとう」
傘を受け取ろうと、手を伸ばすとそのまま、引っ張られて、蒼の傘の下に入れられた。
「ベタベタ、みっともない。ウチで乾かせ」
『みっともない』自分の姿を見下ろす。確かに、シャツもスカートも肌にはりついてるし、髪からも、水が頬につたう。
相合傘の中で、蒼に時折、濡れた肩が触れる。
彼を濡らしたくなくて、きゅっと肩を縮めて、くっつかないように、距離をとる。すると蒼も私から離れて、傘から肩がはみ出てしまっている。
それが心苦しくて、うつむいて、彼が持っている、もう一本の傘を見る。
「あの、蒼まで濡らしちゃうから、傘貸して?」
「濡れた傘、二本も置いとくの、やっかいなんだよ」
「そ、か。ごめんね」
彼は、はぁーっと、ため息をついて、視線を下げる。それはめんどくさそうな仕草に見えて、気分がヘコんだ。
コンっと、ドアをノックして、
「ここが、バスで、タオルと洗濯機は乾燥機能あるから、ちょっと、見てて」
そして、彼は私を置いたまま、奥の部屋に入っていった。
ドアを開けて、タオルを借りて、髪を拭きながら洗濯機を確認する。
きょろきょろ見るのも悪いかと思ったけど、なんとなく、歯ブラシが一本しかないことに、ほっとする。
「乾燥、わかる? あと、これ着替え、な」
外から、蒼の声がして、バスに入ってきても、私と目が合わないように瞳をふせたまま、手渡す。
「あ、うん。ありがとう、ドライヤーも借りるね」
「どうぞ」
すぐに、バスを出ていく蒼のシャツを引っ張って、肩にタオルをかける。
「蒼も濡れてる。ごめんね、私のせいで」
ちらっと、肩越しに私を見て、肩のタオルを下ろしながら、何も言わずにバスを出ていった。
きちんと畳んであるTシャツとハーフパンツは、ここにある柔軟剤の匂いがする。
家と同じで馴染んだ香りは身につけやすい。こういう同じは、嬉しいな。
でも、浮かれてなんかいられない。
蒼の態度が気になる。
あからさまに、めんどくさそうだから、迷惑をかけてるんだ。
話すことももうないし、同じ空間にいられると、きっと嫌だろうからと、このまま、ここで、引きこもることを選択。
髪をドライヤーで乾かしながら、乾燥の時間を見る。
「理和? どうした……、え」
「え? なっ」
蒼は悪くない、きっと、ノックをしたんだろう。ドライヤーと洗濯機の音で、私が聞き逃した。
彼は、一瞬、固まったように、私を見つめて、ぎゅっと瞳を閉じて、顔をそらした。
私もはっとして、胸を抱えるようにして、屈みこむ。
「やっ」「バカ野郎!」
バンっと、ドアが閉まる音。
下着は、つけてたけど、蒼に借りた服は着てなかったの。
乾燥の時間は短いし、服を着たら、蒼の洗濯が増えるとか、蒼も私といたくないだろうとか、思うことがあって。
蒼が心配して、見に来てくれることまでは考えなかったの。
自分勝手だな、本当に、私。
でも、気づいたことがあるよ、思い出したの。
あのね、蒼。
私、蒼に、こんな恰好、物心ついたころから、家でも見せたことないよ。
それは、本当の姉弟じゃないこと、やっぱり意識してたんだ。
家族だけれど、蒼を男の人として意識してたんだな。
それは、随分、小さい頃からになる。
だから、今、ものすごく恥ずかしいの。
……ここから、もう出られないくらい。
(このまま、帰る、か?)
いや、いくらなんでも、それはないよね。
ここだと、外の様子がわからないから、雨は止んだのかの確認もしないと。
降ってたら、せめて〝傘、貸してください″くらいは言わないと。
自分が招いて、悪いくせに、ため息が出る。
きょろきょろと周りを見回して、カフェの看板を見つけて、そちらへ足を向ける。
(迷惑かもしれないなー、コレ)
カフェで、ココアをすすりながら、シチューの入った紙袋を見て後悔する。
誕生日だもん、誰か、彼女とかと約束してるはずで、自宅で祝うかもしれない。私の手作りなんて、入る隙間ないかもしれない。
でも、ちゃんと、蒼に伝えると決めたんだから。蒼のバースディは私の一日あと、昨日だけ年下の彼は、すぐに同い年になる。
携帯端末を出して、メールをする。
『お誕生日おめでとう。シチュー持ってきて、マンションの近くにいます。話しがあります、すこし、会えませんか?』
ほっと一息ついて、端末をテーブルに置き、ココアを飲む。すると、まもなく返事が届いた。
『マンションの前に来て』
端末を握ったまま、慌てて、カフェを出る。
マンションの外で蒼が待っていた。
私を見止めると、顎をくいっと上げて『こっち』の合図。
私を見ないで、さっさと前を歩いて行く。入り口で、パネルを操作しているところで、追いついて、彼の背中に、
「誕生日おめでとう」
「うん」
「あ、これ、シチュー」
持っていた紙袋を蒼に差し出すと、奪うように持ち手を引っ張って、引き取った。
「ん」
ただ、それだけで、こちらをちらりとも見ない。
それからは何も言えなくて、視線を下げて、彼の後をついていく。
無言のエレベータの中は空気も重苦しくて、息が詰まる。エレベータから降りたときには、なんだか疲れてしまっていた。
部屋に入って、突き当たりのリビングに着いたところで、すぐに、蒼が立ち止まった。
「ナニ? 結婚でも決まったの?」
「え、あ、それは……」
ちっと舌打ちした蒼は、キッチンのカウンターに紙袋を置いて、腕を組んで、瞳を細くして睨むような鋭い目つきで窓を見ている。
「理和がしたら、俺もするかな」
「彼女と? 旅行いったんだっていう」
「誰とでも、関係ないだろ」
『関係ない』は直接聞くと、やっぱり、キツイな。私も、一度、蒼に対して、直接ではないけど言ったこと。それが自分に返ってきただけ、キズついてはいけない。
「そっか、うん。なら、蒼が結婚するまで、私は、しないよ」
蒼はぎょっとしたように、全身でビクッとして、瞳を見開いたまま、私を見つめる。
「え」
「あのね、蒼が幸せなとこを見たいの。も、ずっと前から、決めてたことなの。だから」
蒼は、腕をほどいて、カウンターを拳で叩いた。
「なにいってんだよ! 勝手なこと言うなよ!」
「うん、ごめんね。いつも、勝手で、やな思いさせたよね。蒼をキズつけてばかり」
「理和……」
「ホント勝手だけど、蒼が誰かと一緒になって、幸せなのを見届けるまでは、私はどうでもいいのよ、考えられないの」
ぎゅっと、拳を握って、蒼を見て、微笑む。
「蒼の誕生日で、そろそろ、そういう話も出るのかなって、伝えておこうと思って。もしかして、私に遠慮して、迷うことがあったらね」
「そんな話なんて、ねーよ……」
「うん、今は、そうでもね、これから先のことでも、私は、そう思ってるから。蒼が結婚するまで、私はしないの」
「そんなん、いつになるかわかんねーよ。カレシ、どうすんだよ」
「いないよ、私」
「は? でも……」
「つき合って欲しいとは、言われたけど」
初めてではない、今までも、そういうのはあった。
ただ、今回の彼は、友達感覚で気が合って、食事や休日に出かけたりがいつもより多かった。
昨日のバースディの約束を断った時に、結婚前提の告白されたけれど、そこで、私は、引いてしまった。
このひとと結婚するイメージがわかなかった。
それに、私自身、結婚する意志が今はない。
蒼が誰かと一緒になるのを見届けてからと、決めているから。
それは、すぐかもしれないし、実際、いつになるかわからないけれど、それからじゃないと、やっぱり、自分の結婚は考えられない。
そんなことを、考えてる私は、彼よりも蒼が大事だから。
「そんなに、好きになれなかったの」
ひととき、瞳をふせてから、蒼を見る。彼が何かを言いたそうに、口を開きかけたのを遮るように、
「もう、帰る、ね」
はっと、瞳を見開き、顔を私から、そむけた。
「ん、あ、シチューありがとう」
「ん」
エントランスを出て、足を止める。視界を白くするような霧雨が降っていた。
耳をすり抜けていくような優しい雨音。ちらっと、マンションの入り口を見て、首を振る。
(よし! ダッシュだ)
駅からここまで、ゆっくり歩いて十分くらい、走れば、もう少し早いだろう。
走り出して、すぐに諦めて、さっきのカフェの軒下で雨宿りすることに。
霧雨は、意外と、水滴がくっつく。あっという間に、体全体が、しっとりしてしまった。
ハンカチで顔を拭きながら、薄いグレイの空を見る。
(やむまで、待つか、もったいないけど、タクシーだな)
「理和」
声の方に向くと、蒼が少し息を切らせて、傘を差し、手にもう一本、傘を持って私を見ている。
「あっ、ありがとう」
傘を受け取ろうと、手を伸ばすとそのまま、引っ張られて、蒼の傘の下に入れられた。
「ベタベタ、みっともない。ウチで乾かせ」
『みっともない』自分の姿を見下ろす。確かに、シャツもスカートも肌にはりついてるし、髪からも、水が頬につたう。
相合傘の中で、蒼に時折、濡れた肩が触れる。
彼を濡らしたくなくて、きゅっと肩を縮めて、くっつかないように、距離をとる。すると蒼も私から離れて、傘から肩がはみ出てしまっている。
それが心苦しくて、うつむいて、彼が持っている、もう一本の傘を見る。
「あの、蒼まで濡らしちゃうから、傘貸して?」
「濡れた傘、二本も置いとくの、やっかいなんだよ」
「そ、か。ごめんね」
彼は、はぁーっと、ため息をついて、視線を下げる。それはめんどくさそうな仕草に見えて、気分がヘコんだ。
コンっと、ドアをノックして、
「ここが、バスで、タオルと洗濯機は乾燥機能あるから、ちょっと、見てて」
そして、彼は私を置いたまま、奥の部屋に入っていった。
ドアを開けて、タオルを借りて、髪を拭きながら洗濯機を確認する。
きょろきょろ見るのも悪いかと思ったけど、なんとなく、歯ブラシが一本しかないことに、ほっとする。
「乾燥、わかる? あと、これ着替え、な」
外から、蒼の声がして、バスに入ってきても、私と目が合わないように瞳をふせたまま、手渡す。
「あ、うん。ありがとう、ドライヤーも借りるね」
「どうぞ」
すぐに、バスを出ていく蒼のシャツを引っ張って、肩にタオルをかける。
「蒼も濡れてる。ごめんね、私のせいで」
ちらっと、肩越しに私を見て、肩のタオルを下ろしながら、何も言わずにバスを出ていった。
きちんと畳んであるTシャツとハーフパンツは、ここにある柔軟剤の匂いがする。
家と同じで馴染んだ香りは身につけやすい。こういう同じは、嬉しいな。
でも、浮かれてなんかいられない。
蒼の態度が気になる。
あからさまに、めんどくさそうだから、迷惑をかけてるんだ。
話すことももうないし、同じ空間にいられると、きっと嫌だろうからと、このまま、ここで、引きこもることを選択。
髪をドライヤーで乾かしながら、乾燥の時間を見る。
「理和? どうした……、え」
「え? なっ」
蒼は悪くない、きっと、ノックをしたんだろう。ドライヤーと洗濯機の音で、私が聞き逃した。
彼は、一瞬、固まったように、私を見つめて、ぎゅっと瞳を閉じて、顔をそらした。
私もはっとして、胸を抱えるようにして、屈みこむ。
「やっ」「バカ野郎!」
バンっと、ドアが閉まる音。
下着は、つけてたけど、蒼に借りた服は着てなかったの。
乾燥の時間は短いし、服を着たら、蒼の洗濯が増えるとか、蒼も私といたくないだろうとか、思うことがあって。
蒼が心配して、見に来てくれることまでは考えなかったの。
自分勝手だな、本当に、私。
でも、気づいたことがあるよ、思い出したの。
あのね、蒼。
私、蒼に、こんな恰好、物心ついたころから、家でも見せたことないよ。
それは、本当の姉弟じゃないこと、やっぱり意識してたんだ。
家族だけれど、蒼を男の人として意識してたんだな。
それは、随分、小さい頃からになる。
だから、今、ものすごく恥ずかしいの。
……ここから、もう出られないくらい。
(このまま、帰る、か?)
いや、いくらなんでも、それはないよね。
ここだと、外の様子がわからないから、雨は止んだのかの確認もしないと。
降ってたら、せめて〝傘、貸してください″くらいは言わないと。
自分が招いて、悪いくせに、ため息が出る。