いつも、雨
京都の邸宅は、春夏秋冬を楽しむ工夫がいっぱい施されている。

そこそこ大きいとは言え、東京の借家とは全然違う。

道を一本渡っただけで、京都御苑という環境も、すぐそばに自然を感じることができる。


季節毎に京都を訪れ、長い休みを京都で過ごすうちに、天花寺家の恭風(やすかぜ)ぼっちゃまは、すっかり風流人になった。

元々の家職である書道はもちろん、日々たゆまぬ努力を強いられている。

しかしその他の芸事は、すべて恭風本人が望んで始めた。


幼い頃から習っていた茶道は、京都でお家元に師事し直した。

華道や香道もたしなみ、和歌や雅楽の会にも入会した。

しかし恭風がもっともハマったのは、能楽だ。

謡と仕舞を習い始めると、それまでのおぼっちゃん芸とは一線を画する熱心さでお稽古に励んだ。

祖母は、放置されていたお庭にせり出した能舞台を修繕し、孫に好きなだけお稽古させた。

恭風は、めきめきと上達して、玄人の舞台に子方として出演を重ねた。



長期休暇以外の土日にも京都へ通うことが増えた恭風は、いつの間にかじゃらじゃらした京言葉を話すようになった。

……もっとも、京都の病院で産まれた恭風に言わせれば、自分は「潜在的京男」らしい。



「わたくしも、お兄さまのお舞台を拝見したい。」

下心を過分に含んだ領子(えりこ)のおねだりは、今回も聞き入れてもらえない。


「領子さんには、まだ早すぎましてよ。」

と、母は年齢を理由にはねのけた。




……くやしい。

どんなに怒っても、泣いても、兄……そして要人との年齢差は縮まらない。

いつも領子はおいてきぼりだ。





「小学生になったら、ご一緒に遊びに連れてくださるとおっしゃってたのよ。嘘つき。」

ぷりぷりと怒っていても、領子はかわいい。

久しぶりに逢ったおしゃまな姫に、要人は目を細めた。


「だって、うちらは中学生になってしもたしなあ。御所のあんなちっちゃい小川で、遊ぶ歳ちゃうわ。」

声変わりして、子方もつらくなってきた恭風の低い声すらも、領子には腹立たしい。


「まあ、恭風さまは忙しい御方やから。……かといって、俺が独りで領子さまを連れ出すわけにもいかんしなあ。」
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