いつも、雨
領子はねえやにすっぽりと包まれて、母の顔を見なかった。

でも、目の当たりにした恭風は、母の怒りのすさまじさを知った。


……あかん。

こら、あかんわ。

お父さんが浮気してはっても……愛人のホステスが妊娠しはった時にも、お母さん、ここまで怒ってはらへんかったで。

くわばらくわばら……。


心の中で、恭風はそう唱えた。



「恭風さん。病院に予約を。電話なさい。それから、竹原の番号を……。いえ、転居先をおっしゃいなさい。」

「……お母さん、わしも同行します。」

今、母を要人のもとへ行かせたら、刃傷沙汰にもなりそこねない。

恭風は、母だけでなく、要人を、そして天花寺家の家名を守るために、そう言った。


でも天花寺夫人は、恭風は自分の味方だと心強く思った。

「そうね。いらっしゃい。」


夫人は、うずくまっているねえやと領子に一瞥もせず、去って行った。


怒り心頭なのだろう。

夫人にしては珍しく、外出するのに着替えもせず……玄関の戸が開き、閉まった音が聞こえた。






しばらくして、ねえやは領子を抱き起こしてくれた。

ねえやも、泣いていた。

「領子さま……。どうして、奥さまに何もおっしゃらないのですか……。月のものは予定通りですのに。……先週きちんと始まって終わりましたわ。」

「……そう言えば、そうだったわね……。」

領子は他人事のようにそう言った。


そして、すーっと一筋、涙をこぼした。


「領子さま……。」

「ねえや。わたくし……もう……何が何だか……。」

再び、領子は嘔吐感を覚えた。


ムカムカする……。

気持ち悪い……。


「領子さま?……大変!」

ねえやは、慌てて、すぐ隣の部屋からゴミ箱を持ってきた。


「どうぞ。我慢なさらず。」

そう言って背中をさすってくれるねえやに、領子は身を預けた。


気持ち悪さが、すーっとおさまってくる。


「……大丈夫みたい。ありがとう。背中をさすってもらうだけで、楽になるのね。……そう。……妊娠したわけじゃないのね。……ぬか喜びしたわ。お兄さまの早とちりのせいで……わたくし……一瞬、夢を見たわ。」

また涙がこみ上げてきた。


その夢も、母によって、木っ端微塵に打ち砕かれてしまったけれど……。

やっぱり、ダメなのね。


「ねえや。……わたくし……竹原の子供が欲しかったわ……。」

ボロボロと盛大に涙をこぼしながら、領子はねえやに本音を吐露した。


ねえやは、何度もうなずきながら、領子の背中をずっと撫でてくれた。
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