いつも、雨
「子供ができた……ですって?」


母親の肩が怒りに震えているのを、領子(えりこ)はぼんやりと眺めていた。


美しく装っていらしても、年相応……いいえ、年より少し老けてらっしゃるかもしれない。

気苦労の一因が自分にあることを痛感している領子は、母の額に浮かんだ血管に、さらに心を痛めた。


電話の相手は、京都に住まう兄の恭風(やすかぜ)だ。

3度も留年している恭風は、25歳になった今も気楽な大学生活を楽しんでいる。


……学校と自宅を、橘家の車で往復するだけの生活を送る領子とは、雲泥の差だ。



「それで、お相手は?どうおっしゃってるの?……はあ!?産む、ですって!?」

母の声が1オクターブ甲高くなった。



お兄さまったら……学生のまま、できちゃった婚ってこと?

ずるいわ……。

わたくしも……叶うことなら……そうしたかったわ……。



領子の胸に4年も前に終わったはずの恋がよみがえる。



竹原の子供が欲しかった……。

……もっとも、実際に竹原の子供を授かったとしても……あのときは、無理矢理中絶させられていたでしょうけど。



でも、今回はあのころとは事情が違う。

兄は、働いてはいないけれどちゃんと成人している大人だ。

それに、兄が良家のお嬢さま、それも裕福なお家の人としかつきあわないことを、領子も母もよく知っていた。



電話を切った天花寺(てんげいじ)夫人は、頭を押さえてため息をついた。

「まったく……今時のお嬢さんは、慎みがなさすぎて。……あきれて物も言えないわ。」


ごめんなさい……と、領子は小さくつぶやいた。


天花寺夫人は、領子の謝罪を無視して、愚痴った。

「ご両親さまも、世間体を考えてくださらないと……。まったく、恥ずかしいったらありゃしない……。」


「それで、お兄さまは、どちらのお嬢さまとご結婚なさるのですか?」

領子は控えめにそう尋ねた。


キラリと母の目が輝いた。
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