いつも、雨
……よくわからないけれど……お母さまの眼鏡にかなうお家のお嬢さまだったのね。

もし、竹原が……そこそこいいお家の子息だったら……わたくしたちのことも認めてくださったのかしら……。



何度も何度も繰り返される命題。

橘の家に嫁ぐことが決まっていても、実際に結納を交わしても……、結婚式の日が決まっても、領子の心はあの日あの夜に止まったまんま。



竹原……。

逢いたい……。



相変わらず、魂が抜けたようにぼんやりしている領子に、天花寺夫人はいつものように多少の苛立ちを感じながらも、目を輝かせて言った。

「鶴巻静子さま、とおっしゃるそうよ。京都の大きなお寺のお嬢さまで、お母さまは宮家と縁続きでいらっしゃるんですって。」

「……お寺、ですか。」


なるほど、裕福な良家には間違いないのだろう。

お寺なら、授かった命を中絶で殺せ……とは言われないのかもしれない。

領子は、我が身との違いを皮肉にすら感じた。



天花寺夫人は、宮家の御威光にも特に反応を見せない娘に、イライラし始めた。


まったく、この子は……。

……少しぐらい、感情を見せてほしい……と、母親なりに心配して、必要以上に怒ったり、おだてたりしているのに……領子の心は要人(かなと)に盗まれてしまったようだ。



返す返すもいまいましい。

あの男……。



天花寺夫人は、ハッとした。



そうだわ。

恭風さんに、きっちり釘を刺さなくては。

あの男を、結婚式に絶対呼ばないように。

……領子さんに逢わせないように……。



仕送りゼロなのに、恭風は実に優雅に暮らしている。

アルバイトもせず、暢気に能楽三昧、趣味に生きていられるのは……あの男に寄生しているに違いない。


4年前。

要人が娘の領子を妊娠させたと思い込んで、夫人は要人の転居先に乗り込んだ。

てっきり間に合わせの賃貸ワンルームマンションだと思っていたのに、要人は家具らしい家具はないものの、建物自体はかなり豪華な分譲マンションに居た。



しかも、偉そうに、天花寺家を一生支えるだけのお金はある、ですって!?

竹原のくせに……。

あぶく銭をたまたま手にしただけの成金が買える家だと思わないで。




……もっとひどい言葉でさんざん罵ってしまったけれど、今になってみれば、夫人は領子を汚されたことより、家名を軽んじられたことに怒り続けている。

跡付けの新華族、戦前は成金と呼ばれたこともあったらしい実家を、天花寺家に嫁いでから多少はコンプレックスに感じている所以の、同族嫌悪もあるのかもしれない。


……もちろん、天花寺夫人は、ご自分が下賎の竹原と同族とはこれっぽちも思っていないが。
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