いつも、雨
「領子さん。……お式は3ヶ月先ですが、もう我が家に引っ越してらっしゃいませんか?あなたがあの広いお屋敷でお一人というのは、私としても心配です。」

善良な橘千秋氏は、心から領子の身を案じていた。


領子に断れるはずがなかった。

……ねえやと調理師が居るので実際には一人ではなかったけれど……確かに、無駄に広くて古い屋敷の維持は不経済極まりない。



「ああ、そうだ。お母さまの公正証書遺言をうちの弁護士がお預かりしているのですが、開封してから決めますか?」

「……必要ありません。財産らしい財産は、家財道具と京都のお家しかございませんし、兄が相続して管理してくれることでしょう。……わたくしについては……橘さまに一任されていると聞いています。」

淡々と領子は答えた。




母は、くも膜下出血で急死した。

しかし用意周到に遺言を残していることは、耳にたこができるほど何度も何度も聞かされていた。

橘夫妻を証人に、橘家の顧問弁護士を遺言執行者に、……ただただ領子が橘家に嫁ぐことだけを念押ししているようなものだ。


死してなお、領子と要人のことは絶対に認めない……。


領子は、そんな母の執念に負けた。




「よろしくお願いいたします。」

とっくに覚悟している結婚だ。

3ヶ月前倒しになるからといって、何の不都合があるだろう。


大丈夫。

新しい家族ができる……。

それだけのことよ。

家族として、誠実にお仕えして生きていけば……大丈夫よね?



領子は無理矢理不安を飲み込んだ。







母の葬儀が終わった夜、兄夫婦は早々に京都に帰ってしまった。

亡き母の願いで、嫂は東京の病院で出産する予定だ。

そのまま出産までこちらにいらっしゃればよかったのに……。

無駄に広いお屋敷は、確かに淋しすぎて……。


「……橘さまのお言葉に甘えて、今夜からお世話になられてもよかったですねえ。」

ねえやは、忙しそうに荷物をまとめながら、領子に言った。


「そうねえ……。」

領子の気のない返事に、ねえやはため息をついた。
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