いつも、雨
本当に、このままご結婚なさって……領子さまは幸せにおなりになれるのかしら……。

ご自分のお気持ちを押し殺されたまま、奥さまの言いつけをお守りになって……恋をあきらめて、恋愛感情を抱くことのできないお方の妻になられて……。

本当に、これでいいのかしら……。


答えは、わからない。

そう簡単に出るものではない。

10年、20年、30年……時がたてば、見えてくるのかもしれない。


長い長い時間、領子さまの孤軍奮闘は続くのだろう。

せめて私だけでも、おそばでお守りしなければ。


ねえやは心も新たにそう誓った。


天花寺家お抱えの調理師は、この機会に独立して飲食店を開く。

でもねえやは、領子とともに橘家に行く。

生涯、領子をお側近くで支えるつもりだ。


「……でも、そろそろ『ねえや』はおかしいかもしれませんね。」

ねえやのつぶやきに、領子は首を傾げた。


「そう?……じゃあ、わたくしも……キタさんと呼んでいいかしら。」

口にしたら、何とも言えない甘酸っぱい感情が胸に広がった。

かつて、要人がそう呼んでいたことを思い出してしまった……。


胸がつまってうつむいた領子に、ねえやはうなずいた。

「もちろんでございます。私も、『お嬢さま』とお呼びしないように気をつけますね。」

「ごめんなさい。わたくしのせいで馴れないお屋敷で……苦労させてしまいますが……よろしくお願いします。……キタさん。」

領子は、改めてお願いした。


キタさんは、少し涙ぐんで……慌てて荷物を作る手を早めた。







その夜。

領子は自室のベッドで待っていた。

確証はない。

約束もしていない。

そもそも勝手に気配らしきものを感じただけで……実際に、要人が葬儀会場に来ていたのかもわからない。


でも……。

この胸のざわつきは、ただ事ではない。

領子の中の感覚が、訴える。

来る……と。


チャンスは今夜しかない。

明日には、橘家から迎えの車が来るだろう。

たぶん、もう……気軽に外泊することはなくなってしまう。




お願い。

最後の夜なの。

姿を見せて。

もう一度だけでいい。

抱きしめて。

逢いたい。

逢いたいの。


「……竹原……。」

心が言葉になって漏れてしまった。



ふと、雨の匂いがすることに気づいた。


また降り出したのかしら。

……帰宅する時に、少し雨が降っていたけれど……お風呂に入る頃はやんでいたのに。

気まぐれな雨ね……。


ぼんやりと障子を見つめて……影に気づいた。


……来た。

本当に……来てくれた。
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