いつも、雨
領子は泣かないように目を閉じて……ふと、思いついたようにパッと顔を上げた。

「そうだわ。ね。天花寺家も、橘家も、かなわないぐらいの存在になってください。……いつか、竹原の子供と、わたくしの子供が恋愛しても誰も反対しないぐらい。」

「……領子さま……。」

要人の両の目から、涙が流れ落ちた。



……俺に……他の女と結婚しろと言うのか……。

独占欲のかたまりだった領子さまは……もう……いないのか……。





「……どうしよう。竹原。わたくし……幸せだわ。」

領子はぼんやりとそうつぶやいた。


要人は、領子の言葉に苦笑した。

「俺が泣いてることが?……うれしいのですか?」


指摘されて、領子は曖昧に頷いた。

「……そうみたい。これが最後なのに、……たぶん、わたくしも後からつらくなって泣くんでしょうけど……竹原が泣いてくれることが、今はうれしいわ。……ありがとう。」


要人は、たまらず、領子を抱きしめた。

まるでお人形のように、領子はされるがままになっていた。

夕べとは別人だ。



「俺のくやしさとみじめさが、領子さまの喜びになるというなら、それでいい。」

嫌味ではなく、要人は本気でそういっていた。



領子は、ふふっと笑った。

「やだ。それじゃあ、わたくしがとても性格の悪い女みたいですわ。……ちょっと違うかしら。……わたくし……、今、竹原が執着してくれていたことがわかって、うれしいの。わたくし、本当に本当につらかったのよ。あまりにもつらくて、わたくしだけがつらいんだと悲劇のヒロインぶってたみたい。……同じように、竹原も苦しんでくれていたってわかって……幸せなの。」


耳元でささやかれる不思議な言葉。


何を言ってるんだ?

当たり前だろう。

このお姫さまは……俺が、一時的な感情で……領子さまにほだされて流されたとでも思っていたのか?



まさかこの期に及んで、そんな風に言われるとは思わなかった要人は……ただただ、己の失態を悔やんだ。



伝え足りなかった。

どんなに愛しても、どんなに想っていても、領子のわかりやすい形で伝えなければ意味がなかったのだ。



要人にとっての愛は、かつては「お土産」や、時間のやりくりで……離れたあとは、ひたすら仕事しかなかった。

でも領子の欲した愛は、耳に優しい愛の言葉と、夢のような約束、そして、いつもそばにいること……というわけだ。

< 130 / 666 >

この作品をシェア

pagetop