いつも、雨
不思議そうに首を傾げている領子(えりこ)に、やっと要人(かなと)が教えてくれた。

「いつからいはるんか知らんけど、有名なホームレスやねん。鴨川の五郎って呼ばれてる。俺らは『鴨五郎』って呼んでるけど。……前に滋賀のヤンキーがホームレス狩りに出張ってきよったことがあってな、その時、俺らが鴨五郎のおっちゃんを助けたことがあって。それからしゃべるようになってんけど……」

「けど?」

途中で押し黙った要人に、領子のみならず恭風(やすかぜ)も続きを促した。


要人は首を傾げながら言った。

「……いや。ほら、よくある噂。ほんまはめちゃ金持ちで、大豪邸を所有しながら、敢えてホームレスを楽しんでるんじゃないか、ってね。……あれ、鴨五郎のおっちゃんに関してはほんまかもしれんわ。」

「そんな漫画みたいな話……ホントならおもしろいなあ。」

恭風は半信半疑のようだ。



要人はそれ以上、何も言わなかった。



本当は、ただの憶測ではない。

ホームレス狩りから助け出したその時、鴨五郎は負傷してるにも関わらず、救急車を呼ばれることを嫌がり、要人にコインロッカーの鍵を渡した。

ロッカーには、最新のスマホだけが入っていた。

鴨五郎は、要人が持ち帰ったスマホでどこかに連絡した。

しばらくすると、あまり柄のよくなさそうな強面の男性が2人やってきて、鴨五郎をベンツに載せて行ってしまった。


翌日、気になって、いつもの橋下に行くと、鴨五郎は何事もなかったように、呑気に煙草をふかしていた。

「……おっちゃん……身体、大丈夫け?」

鴨五郎は、鋭い目を優しく細めた。

「ぼん。昨日はおおきに。ありがとうな。大丈夫や。天災に遭うたようなもんや。そのうち治るわ。」

意外と若い声に驚いたが、要人はそれ以上何も詮索しようとしなかった。



しかしこのホームレスは、ただの乞食ではない。

少なくとも、鴨五郎が無一文でないことは確かだ。

襤褸(ぼろ)をまとい、薄汚れた顔をしていても、飢えていない。

まるで仙人のように、ホームレスを楽しんでいるようにしか見えない。
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