いつも、雨
ずっとつるんでいる悪友には、何も言ってない。

鴨五郎が無害な金持ちならかまわないが、もし本当にスパイやヤクザと絡んでいるなら、下手につつかないほうがいい。


わずかな恩義を盾に、要人は当たり障りなく鴨五郎と会話し、たまにはお菓子や飲み物を差し入れた。

ホームレスとのそんな不思議な関係が、旧華族の恭風には新鮮らしい。




「あ。雨やんでる。……ほな、お稽古行って来ます。領子、あんまり竹原を困らせたらあかんよ。」

そう言いおいて、恭風はすぐ近くの能楽堂へ稽古に行った。


要人もまた大奥様にご挨拶して帰ろうとした。

しかし、領子がずっと涙目でついてくる。


……ダメ元で……お伺いをたててみるか……。



「大奥様。恭風さまがお出かけしはって、領子さまがお暇そうなんですけど……どこか、遊びに行ってきてもいいですか?御所とか。」

要人の言葉に、領子の顔がぱあーっと輝いた。


祖母として、そんな孫の笑顔を曇らせたくはない。

まあ……少しぐらいなら、問題もないでしょ。


「へえ。どうぞ。……お使い頼みたかったんやけど、ほな、キタさんに頼みましょうかねえ。」

「……いや、用事あるんやったら、先に行きますけど。どちらですか?」


風向きが変わった。

ことの成り行きをハラハラ見ている領子を見て、祖母は苦笑した。

「ありがたいけど、岡崎やし、時間かかるわ。」

「岡崎……ですか。」

確かに、少し距離がある。

要人の自転車なら10分かからないだろうが、荷物があるならバスか、地下鉄を乗り継ぐか……。


「あ。岡崎!……動物園がありますね。」

要人の言葉に、再び領子の顔が輝いた。

「ふーん?領子さん、動物園とか、行きたいんですか?……ほなまあ、タクシーで、2人で行っといで。要人。頼みましたえ。」

祖母はそう言って、要人に認めた書状と高島屋の包装紙に包まれた小さなギフトを手渡した。

既に要人にはタクシーチケットを小冊子で渡してある。

もっとも、要人はこれまでに一度も使用したことがない。


大奥様にちょくちょく会いに来ては、雑事を引き受けるのは、決して仕事や義務ではない。

お互い、物珍しさから始まった奇妙な関係は、主従というより、年の離れた友人に近いかもしれない。

言葉にはしないが、要人には大奥様の気まぐれな温情がうれしい。

大奥様もまた、目端の利く要人のことを、かわいがっていた。
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