いつも、雨
「動物園かぁ。昔、遠足で行ったきりやわ。領子さまは?ある?」

タクシーに乗り込むと、また、少し雨が降ってきた。


「うん。幼稚園の遠足で。……ホームレスの鴨五郎さん、雨の日はどうしてはるの?」

「へ?……ああ、大丈夫や。雨のかからん、橋の下にいはるから。」

「橋……。」

領子は、タクシーが鴨川にさしかかると、窓に額をくっつけんばかりになった。


今、渡っている丸太町橋から1つ下流の橋は二条橋。

鴨五郎の居る御池大橋はさらに1つ下流に架かっている。


「あれじゃなくて、もう1つ向こうの橋やから、ココからじゃ見えへんよ。」

要人がそう言っても、領子はどうしても見たいらしい。

タクシーの中で立って伸び上がった。

「領子さま。無理だって。」

タクシーはあっという間に橋を渡り終え、川端通りを突っ切った。

川が見えなくなっても、領子は後ろ髪を引かれるように、何度も振り返った。


……そんなに、鴨五郎に興味があるのか。

まあ、お姫さまにとっては、動物園より、物珍しいのかな。

うーん……。


「じゃあさ、後で、少しだけ覗いてみる?……ちょっと歩くことになるけど……。」

要人の提案に、領子は瞳を輝かせて大きくうなずいた。





大奥さまの用事はすぐに済むはずだった。

これまでにも何度もお使いに訪れたことのある、高塀を張り巡らした豪邸で呼び鈴を鳴らす。

見知ったお手伝いさんに、天花寺の大奥さまからと口上して手渡した。


「いつもご苦労さん。ありがとうねえ……あら、こちらのお嬢ちゃまは……」

見るからにお育ちの良さそうな領子のお姫さまっぷりに、お手伝いさんは首を傾げた。


領子は、ニッコリほほ笑んで、ぺこりとお辞儀した。

「ごきげんよう。天花寺領子です。いつも祖母がお世話になってます。」

まだ幼いのに、いっぱしのお姫さまだった。


「まああ!領子さまでいらっしゃいますか!?大変!少しお待ちになって。奥様!奥様!」

パタパタとお手伝いさんは走って中に入ってしまった。


……どうやら、すぐに済みそうにないな。


「……今日は、ココだけで終わってしまうかも。」

要人がそう言うと、領子は泣きそうな顔になった。



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