いつも、雨
「領子さま?」

「次、行きましょ。鴨五郎さんのところ。」


……我が儘というか……マイペースというか……なんていうか……。

むしろ普段から傲慢なのは要人自身だったりするのだが、領子に無邪気に振り回されることは、何となく楽しかった。


「いいけど。雨が強くなってきたから、……橋の下は寒いですよ?領子さま、風邪ひいてしまうかも。」

「大丈夫ですわ。わたくしは絶対に風邪を引かない、って、いつもお兄さまがおっしゃってますもの。」


それって……馬鹿は風邪ひかないってことか?

恭風さま、ひでぇなぁ。

くすくす笑った要人に、なぜか領子も声をあげて笑った。





しかし鴨川の河原は予想以上に寒かった。

震える領子に、要人は自分の上着を貸した。

うれしいけど、それでは要人が風邪を引いてしまう……。

領子の心配をよそに、要人は少しも領子が雨に濡れないように気遣って傘を傾けた。


途中の自販機で、要人はホットコーヒーを買った。

「領子さまも、何か飲む?」

そう聞かれて、領子はコーンポタージュをリクエストした。

「カイロがわりに、どうぞ。」

要人がくれたポタージュの缶を、領子はポケットに入れた。

ぽかぽかとそこから熱が広がって……心まで温かくなった気がした。




橋の下は雨がかからない。

川の両岸に、いくつかのダンボールハウスと、ブルーシートの囲いがあった。

目指す鴨五郎は、ブルーシートで覆った、割と広い陣地をキープしていた。


「こんにちは。竹原です。おっちゃん、いる?」

要人の問いかけに、返事はなかった。


……お留守かしら。

領子がガッカリしはじめた時、中からガサゴソと音がした。


「……ぼん、か。雨宿りか?」

「うん。そんな感じ。はい、これ。あったかいうちに、どうぞ。」

要人はブルーシートの端っこから、缶コーヒーだけを差し入れた。


「……おおきに。……まあ、入り。そこは、風が通ってさぶいやろ。」

「ありがと。でも、今日は一人じゃないねん。……かまへん?」


しばしの沈黙の後、ブルーシートの隙間から、薄汚れた黒いパーカーをかぶった男が半分だけ顔を出した。


領子は一瞬驚いたけれど、想像していたよりも、はるかに若い、普通の男性だった。

「ごきげんよう。領子です。お邪魔してよろしいですか?」

鴨五郎と呼ばれているホームレスの男は、まじまじと領子を見て、それから首を傾げた。
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