いつも、雨
「……ええとこのお嬢さまやな。……ぼんの彼女にしては……若いようやけど……生き別れの妹か何かか?」


彼女と言われて、領子(えりこ)は心の中でぴょんぴょん飛び跳ねていた。

ドキドキと心臓が乱れ打っている。


彼女ですって!

恋人って意味よね!?

きゃ~~~~~!!!



妹云々はスルーして都合のイイところだけで有頂天の領子に、要人(かなと)の謙遜が冷や水をぶっかけた。

「まさか。こちらは、代々お仕えしてきたうちの主筋のお姫さまですわ。俺とは身分が違い過ぎますから。」


……言葉が……胸に突き刺さった。

ほろりと、領子の瞳から涙が溢れた。


慌てて、領子は顔を背けた。



要人も、鴨五郎も、領子の涙に当然気づいたが……気づかないふりをした。


自分たちとは、明らかに違う世界のお姫さま、だ。

線引きは必要だろう。


幼いけれどやんごとない姫君に、無責任な言葉をかける2人ではなかった。





「せっかく京都に来はったのに、まんが悪いなあ。この雨。……もう4月やのに冷たい雨やなあ。」

缶コーヒーで暖を取りながら、鴨五郎は落ち着いたらしい領子にそう話し掛けた。


「まんがわるい?」

言葉の意味がわからないらしく、領子は要人に解説を求めた。

要人が答える前に、鴨五郎が教えた。

「タイミングが悪いとか、運が悪い、って意味や。……今年は、花曇りゆーか、すっきりせん天気が多いな。花冷えもしてるし。」

「……よくわからないけど、綺麗な言葉ね。はなぐもり、はなびえ、」

「この雨は、花時雨やな。」

鴨五郎はそう付け足して、ブルーシートをすだれのように少し掲げた。

東岸の桜が雨に霞んでいた。


「雨で、散ってしまう?」

不安そうな領子に、鴨五郎は敢えて明るく言った。

「散るかもな。せやけど、また来年咲くわ。そういうもんや。」


……どうして、このヒト、ホームレスなんかしてるんだろう。

要人は、領子への鴨五郎の言葉を聞いて、不思議に思った。

心が病んでいるようにも、あきらめているようにも見えない。




黙って観察している要人の視線に気づいて、鴨五郎はニヤリと笑った。
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