いつも、雨
「……。」

領子は返事できなかった。

それどころではなかった。


要人の指が……口よりも雄弁に訴えかけていた。

よそ見するな、と。


間断なく与えられる、くすぐったさ以上の甘い刺激に、領子は全身に力を入れて耐えていた。




部屋に入ると、領子は要人の指から逃れるように、小走りで中へと進んだ。

長椅子にグッタリと身を預けて、息を整えてから、要人を睨んだ。

「もう!やめてよ!廊下で知人と逢わない保証はないのよ。」


中途半端な快楽に潤んだ赤い目に、要人は欲情した。


「失礼しました。心が逸りました。……ほら。」

要人は領子の手を取って、自分の左胸にそっと宛がった。


……鼓動はよくわからなかったけれど……領子は要人のいきり立った股間に気づき、頬を染めてそっぽを向いた。

確信犯だったらしく、要人はほくそ笑んで、そのまま領子を抱き寄せた。


「もう。子供みたい。」

呆れているような口調だが、領子もうれしそうに要人に身を委ねた。


「……本当に。自分でも驚いてますよ。……子供のように、はしゃいでます。……愛してます。」


耳許で囁かれた言葉が、領子を蕩けさせた。


「うれしい……。」

そう言って、領子は首を捻り、要人にキスをねだった。



唇が触れただけで、不倫という言葉も、配偶者への罪悪感も、麻痺してしまった。

まるで初めての時のように、無我夢中で愛し合った。






次に逢う約束はしなかった。

何も聞かなくても、約束しなくても、2人の関係がこれで終わるとは考えられなかった。

むしろ、別々の家に帰る現実のほうが、不思議な気がした。


別れ際に、要人は領子に「お土産」を渡した。

「……カード……ですか?」

銀行の封筒に入った硬いカードを見て、領子の声が尖った。


慌てて要人は言った。

「カネじゃありませんよ。」


……そんなことしたら、二度と会ってもらえないだろう。

恭風とは違って、領子に現金を渡しては、そのプライドをいたく傷つけてしまうということは重々承知している。



領子の眉間の皺がほぐれた。

「……そう。」


お金を受け取ってしまったら、自分が……いえ、この関係が汚れてしまうような気がした。

職業愛人でも、妾(めかけ)でもない。

損得勘定とは無縁でいたかった。
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