いつも、雨
その夜。

要人が妻の病院を訪れたのは、面会時間が終わった後になってしまった。


「要人さん。おかえりなさい。遅くまでご苦労さまでした。……今日は来られないかもっておっしゃってたのに……無理してくれた?……うれしい……。」

佐那子は少女のように頬を染めて、ほほえんだ。


ズキンと、胸に痛みを覚えた。

要人の良心が咎めていた。


こんなにも愛らしい、大切な存在を、……俺は裏切っている……。



「要人さん?」

立ち尽くしている要人を、佐那子は不思議そうに見つめて……手を差し伸べた。


要人は罪悪感を飲み込んで、佐那子のベッドに近づいて、両手でその手をそっと包み込んだ。


「……つらいお仕事だったの?」


心配そうな佐那子の瞳から目を伏せた。



領子との時間は夢のように幸せだった……。

つらいのは、今だ。


如何ともしがたい佐那子への申し訳なさを、つらい……と表現するのは……ためらわれた。



「いや。大丈夫だ。……心配させて、すまない。明日は一日中、君のそばにいるから。」


無理やり浮かべた笑顔が痛々しくて……佐那子は両手を伸ばして要人の首に回すと、ひしとしがみついた。

「……ありがとう。でも、ゆっくり身体を休めて。……無理しないで。」



とっさに緊張した。

領子の移り香は、ないだろうか。

ホテルでシャワーを浴びたが、ボディソープの残り香は?

 
……何も……気づかないでくれ……。



優しい言葉に癒やされたいのに……要人は後ろめたさで、ただただ苦しかった。


  
せめてもの罪滅ぼしに、翌日の日曜日は本当に朝から晩まで佐那子の病院で過ごした。

完全看護なので、要人が世話を焼くことは一つもなかったけれど、佐那子のそばでできる仕事をした。


佐那子はとても幸せそうだった。
 
しかしその笑顔がこれまでのように要人を無条件で幸せにすることはなかった。


もちろん佐那子は何も変わらない。

変わってしまったのは、要人の心……。


佐那子への信頼も愛情も、何一つ変わってないのに、……後ろめたさが消えない。


これが不倫か……。

俺はいい。

でも、領子さまは……耐えられるのだろうか……。



佐那子のそばで、領子のことを想うことはなるべく避けたかった。


しかし、残像が消えてくれない。


昨日、確かにこの腕の中にいた領子の姿態が。

甘く喘いだ吐息が……。
< 214 / 666 >

この作品をシェア

pagetop