いつも、雨
領子の涙がぴたりと止まった。

要人は、ホッとして、領子を抱きしめた。


でも、領子が泣き止んだのは……要人の言葉で安心して落ち着いたからというわけではなかった。


……要人のハンカチからほのかな香りを嗅ぎ取ってしまった。

5月の草原のような、甘過ぎない爽やかな香り。

鈴蘭の香りの香水……。


すーっと、現実感のない現実に引き戻されてしまった。



竹原の奥さまの移り香……。

……どんなに、わたくしを大切に想ってくれても……竹原には、家族がいる。

奥さまと、義人(よしと)くんを……ないがしろにはさせられない……。


しっかりしなくては。

泣いている場合じゃないわ。

本当に妊娠しているのなら、わたくし、強くならなきゃ。


領子は、そっとお腹に手を宛てた。




要人の第一子が誕生したのは、2年半前。

たまたま領子と過ごしていた時に、秘書の原から産気づいて病院へ運ばれたという知らせを受けた。

予定日より少し早かったけれど、元気な男の子が無事に生まれた……と、その夜、要人本人から電話で報告を受けた。


翌日、兄の恭風からも電話で知らされた。

領子は、兄に要人へのお祝いを託した。


しばらくして「義人」という新生児の名前の入った内祝が、やはり兄経由で届けられた。

その時、ご丁寧に兄はお宮参りの写真を見せてくれた。

まだ目も開かない赤ちゃんを抱いている和装の女性。

領子には、見覚えがあった。


……確か……義姉の静子のお通夜で……そうだわ……恭匡さんが懐いていた、あの女性だわ。

彼女が……竹原の、奥さま?

思ってもみなかった……。


でも、妙にストンと納得できた。



どうして、気づかなかったのかしら。

……そう。

とても……優しそうなヒトだったわ。

竹原……。

幸せなのね。

よかった……。


……いえ、よくないわ。

あんなに素敵なヒトがいらっしゃるのに、何やってるのよ!もう!

わたくしなんか……ほっておけばよかったのに。

馬鹿……。

地獄に落ちるわ……。

……馬鹿ね……。

本当に、わたくしたちは、馬鹿だわ。


また……罪を重ねてしまうのね……。
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