いつも、雨
要人は記憶の糸を手繰り寄せた。

「そもそも、あの時話したのは、鈴蘭じゃなかったか?君の好きな花だろ。」


何となく思い出した。

佐那子は北海道で鈴蘭にやたら固執していたから、帰ってきてから鈴蘭の鉢植えをプレゼントした。

しかし、佐那子の好きなのはこの辺の花屋で売ってる西洋の鈴蘭ではなく、日本固有の鈴蘭だと言われた。


「そうよ。でも鈴蘭って名前はおかしいから、鈴蘭の別名の『谷間の百合』にするって言ってたのに。忘れたの?」

佐那子はもう泣いてなかった。

むしろぷりぷりと怒っている。


「……『美鈴』とか『鈴音』とか『蘭子』とか言ってなかったか?……『百合』は……ごめん、記憶にないな……。」

正直、要人にとってはどうでもいい話だった。

まともに言い合うような話じゃない。


適当に折れて謝ると、佐那子はようやく機嫌を直したらしい。

「もう!……あーあ、女の子って言われてから、ずっと『百合子』と思ってたのにぃ。同じ名前にするわけにもいかないし……また考え直しね。……ねー、義人。どうしようか?」


母にそう聞かれて、義人はうーんと考える仕草をした。


「……まだ生まれない赤ちゃんの名前は、これからゆっくり考えるとして……夕食は?もう食べたのかい?」

佐那子に、領子とのことがバレたわけではないことがわかり、要人はようやく安堵し、空腹を感じた。


「まだよ。お父さんと一緒がいいもの。ねー?……でも、ずっと泣いてたから、何もできてないの。……このお赤飯でいい?」


佐那子と義人の無邪気な笑顔に、ノーと言えるはずもなかった。


「……赤飯だけ?……のつこつするね。」


一応そう確認すると、佐那子はばつが悪そうに頭を掻いた。


「ごめんなさぁい。……じゃあ、あわててお味噌汁、作ります。」

「ゆみ!」

突如、義人が叫んだ。


「ゆみ?」


要人がオウム返しに聞き返すと、佐那子も力強く言った。


「ゆみ!」

……ゆみ?


よくわからない要人を置いてきぼりにして、佐那子と義人は「ゆみ」「ゆみ」と言い合い、盛り上がった。
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