いつも、雨
「ありがとう。引き続き頼む。……明日……いや、明後日、そっちに行く。」

本当なら今すぐ飛んでいきたいところだが、スケジュールを鑑みて、要人はそう伝えた。




続いて、天花寺家に電話をかけた。


『天花寺でございます。』

電話に出たのは、キタさんだった。


「こんばんは。キタさん。竹原です。……今日、橘さまからの内祝が届いたんですが……領子さまは、もうご自宅にお戻りですか?」


電話を手で覆ったか何かしたらしく、ゴソゴソとくもった音がした。

『竹原さん。ちょうどいいところに。明日にでもご相談に乗っていただこうかと思っていたんですよ。……実は領子さまが、ずっとふさぎ込んでいらっしゃって……お食事も喉を通らないようで……。』

キタさんは藁にもすがる想いらしい。

小声で状況を教えてくれた。


「では、まだ、そちらにいらっしゃるんですね。……しかし、それでは、百合子さまに……その……栄養が行き渡らないのでは……」

要人は「母乳」「お乳」という言葉使うことに抵抗を覚えた。

妻に対しては平然と言えるのに……対象が領子さまだと思うと、とてもそんな言葉を使えない。


キタさんが電話の向こうで、要人の純情に苦笑していた。

『ええ。最初はしっかりお乳も出ていたのですが、すぐに出なくなってしまいました。橘の奥さまが百合子さまだけを連れて帰られてしまって……どうすればいいのか……。』

「それではますますふさぎ込んでしまわれますね。……困りましたね。……では、お宮参りにも行かれなかったのですか?」

『いえ。……でも、途中でお加減が悪くなられて……領子さまだけ、途中でお帰りになりました。』


要人は、大きく息をついた。


……なるほど。

領子さまがいなくても、孫さえ居ればいいと……そういうことか……。


「わかりました。キタさん、領子さまは、どんなものなら召し上がってらっしゃいますか?まさか、ずっと点滴ですか?」

『……特に何がダメということはないそうですが……何も召し上がりたくないそうです。』


つまり、気持ちの問題というわけか。


要人は、ぐっと両手を握って……時計を見た。

時刻は、21時前。

今から走れば最終の新幹線に乗れるか?

間に合わないか?


……いや。

迷ってる間に、動け!


要人は、かつて無能な部下に叱咤激励していた言葉を思い出した。
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