いつも、雨
……まあ……いいか。

預かっている鍵で正面から入ることもできるが、要人は、かつてのように裏木戸を越えて、勝手口から庭へと侵入した。


領子さまのお部屋は奥なので、こっちのほうが早い。


しかし、まだまだ若いつもりでいたが、要人ももう31歳。

ジムに行く暇もないので、たいした運動もしていない。

濡れた塀を乗り越えるだけでも筋力の衰えを痛感した。


音を立てないように、領子の部屋の障子を開けた。

暗闇の中、キラッと目が光った。


……び、びっくりした。

猫かと思った。


眠ってるとばかり思っていた領子が、正座して要人を凝視していた。


……なるほど……痛々しいまでに、やつれてらっしゃる。

頬の肉がそげ落ち、さほど大きくはないはずの目がやたらギラギラ光って見えた。


「領子さま。」

要人が小声で呼び掛けると、領子の目がさらにキラキラに光った。


光が、頬を流れ落ちる。


領子は、子供のように、両目からおびただしい涙を流した。


「……遅い。」

声までか細くなってしまったらしい。



俺を、待っていたのか?


たまらず、要人は領子を抱きしめた。


痩せた肩が痛ましい。


領子は、要人の胸にもたれて、しくしくと泣いた。

「……酷い。どうして、来てくだらさなかったの?……もう、わたくしのことなんて、どうでもいいの?……わたくし……百合子と一緒に死んでしまおうかと、何度も思ったのに……百合子だけ、連れて行かれてしまって……。竹原に……逢わせたかったのに……。似てるの。竹原に。そっくりなの。……わたくし……どうすればいいの……?」

ずっと我慢してきた心の叫びを、ようやく領子は言葉にできた。


要人は、あの日、……領子が百合子を産んだ時に、ずいぶんと怒らせてしまった負い目で来ることができなかったのだが……それがいかに無意味だったかを思い知らされた。


厚顔無恥と言われようとも、押し掛けてくるべきだったのか。

まったく、俺は……何度似たような過ちを繰り返せば学習するのか。

領子さまの拒絶は、俺に対してだけは、甘えて八つ当たりしてるようなものでしかないらしい。
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