いつも、雨
「姫さん、いつ来はるんやろな。」

鴨五郎はまた、そう尋ねてしまった。


要人は、はあっ……と、息をついた。

「また、それ?ほんっと……おっちゃん……実はロリコンちゃうかって不安になるわ。」


もちろん、鴨五郎はロリコンではない。

単に、領子と一緒にいる時の要人が、いつもと違うから、おもしろいだけだ。


……いや、おもしろいと言うと、怒るかもしれないが……


鴨五郎には、2人に絡みつく因縁のようなものを感じた。

それを「恋」と表現することには、少しだけためらいを感じる、微妙な間柄。

運命……。


「まあ、ばばあより若い子がええけどな。……姫さんは、ぼんにとって、そういうんを超越した存在やろ?」

「……気が遠くなるほど昔っからの主家の姫や。年齢は関係ないな。」

自虐的な声に、鴨五郎は肩をすくめた。

「野暮なこと聞くようやけど、具体的に、いつから?……太平洋戦争の前から?……江戸時代ぐらいまで遡るんけ?」

要人の口元が、歪んだのを見て、鴨五郎は大袈裟に眉をひそめた。

「もっとか……じゃあ、応仁の乱まで行くか!?」

鴨五郎の質問のしかたに、要人は京都人をヒシヒシと感じた。




京都では、太平洋戦争のことを「先日の戦争」と、他人事のように言う。

……実際にあまり被害を受けなかったせいか、東のほうのヒトらが起こした戦争のとばっちりを受けた……という感覚らしい。

さらに遡った鳥羽・伏見の戦いは、「ちょっと前の戦争」。

そして、京都人がわざわざ取り沙汰する大きな戦争は、何と言っても「応仁の乱」だ。

600年近く前のこの乱を「前の戦争」と言い、「戦前」は応仁の乱以前を指すこともあるぐらいだ。


現在では、「京男」「京女」「京都人」と名乗っていいのは両親ともに3代前まで京都で生まれ育っていることが条件……という、不思議な不文律がある。

しかし、これは正確ではない。

どっちかが名家でありさえすれば、たとえば片親の出自が京都以外であったとしても黙認されることも多い。

ただしこの「名家」は、金持ちとかそういうことではなく、応仁の乱より前まで遡れるかどうか、だ。


その点だけで言えば、幸か不幸か、要人の竹原家も範疇に含まれる。

ただし、あくまで天花寺家の家人(けにん)としての記録だ。
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