いつも、雨
「天花寺(てんげいじ)の家は奈良時代の皇子の後裔氏族や。その頃の記録はないけど桓武天皇と一緒に京都に移住した時の記録には、もううちの先祖の名前があるらしいわ。……でも、そもそもは天花寺の荘園の地頭をしてたから……やっぱり平安以前からの主従関係なんやろな。」

面白くなさそうにそう説明する要人に、さすがの鴨五郎もポカーンとした。

「……筋金入りやな。でも、そんな昔から側近くで仕えてたんやったら……血が交わったこともあるやろ。」


要人はそれには答えなかった。

いや、要人の立場で、口にすることはできなかった。



……あるんや……まあ、そうやわなあ。

鴨五郎は頑なな要人の表情を見て、納得した。

そして、そこには触れずにこう続けた。

「……江戸時代とか、お公家さんが困窮してた頃には、逆に、ぼんの家が面倒みたってたこともあったんちゃうんけ?」

「そういう感覚じゃなかったみたい。うちが潤って、うまく商売とかできてるのも、主家の御威光のお陰……って、思ってたみたい。」


……そりゃ、表面的にはそう言うだろ。

鴨五郎は、一言に「主従」と言っても、かなり複雑そうな家同士のつながりに興味を覚えた。

いずれにせよ、姫さんはこのぼんの、アキレスの踵(かかと)に成り得るだろう。

やっぱり、おもしろいやないか……。


「なあ、そういうん、残ってへんの?古文書とか。わし、読めるで。」

意外な特技をひけらかすように、鴨五郎はそう尋ねた。


でも、要人は、鼻で笑った。

「あるで。いっぱい。でも、当主の手蹟(て)は歴史的だけじゃなく美術的に価値があるから、美術館と博物館に寄託してる。翻刻されてるし、全国の図書館から請求できるわ。」

「いや。そういう公式な記録じゃなくて、もっと私的な書状とか……。」

「そんなもん、外に出すわけないやん。俺かて、あんまり見せてもろてへんのに。」

要人はそう言ったが、ちゃんと古文書として見せてもらってないだけで、実はけっこう見ている。



なんせ、天花寺のような旧い家では、江戸開幕以後の文書はまるでちり紙か使い古したノートぐらいにしか扱われてこなかった。

焼き物を包む紙に散らし書きされた和歌の下書きを見つけたことがある。

とても美しい恋文だった。
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