いつも、雨
再びやって来たキタさんに誘われて、要人は奥へと進んだ。



「……領子さま……お呼びしてもお返事もされなくて……」

小声でキタさんが教えてくれた。


「そうですか。……百合子さまは、どうされてますか?」

要人がそう尋ねると、キタさんの目が潤んだ。

「……ずっと……泣いてらっしゃいます。百合子さま、誰よりも大好きだった橘の大奥さまに、『けがらわしい』と面と向かって……」

「孫に、そんなことを仰ったのですか?」

驚いた要人の声が少し大きくなった。


「……しぃっ。……お願いです。お静かに。……竹原さんには何も言わないようにと、領子さまから申し付けられております。……どうか……。」

要人は慌てて口元を抑えて、それから恭しくうなずいた。

そして、声にならないかすかな声で謝意を伝えた。

「キタさん、ありがとう。」

キタさんの瞳がまた潤んだ。


子供の頃から世話になっているし、数え切れないほどの迷惑をかけ、優しさをもらってきた。

もしかしたら、領子と要人の恋の成就を誰よりも願っているのは、キタさんかもしれない。

要人は、やっと、自分の味方がいることに気づいた。

……もっとも、キタさんは、あくまで領子の味方であって、要人を100%支持するわけではない。

要人が領子の敵に回れば、手のひらを返されるだろう。


「キタさんの紅茶が飲みたいな。……入れてもらえる?」

久しぶりに甘えてそう言うと、キタさんは涙を拭ってほほ笑んだ。





恭風は、居間で腕を組んで座っていた。

いつもなら笑顔で要人を迎えるのに、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


要人は入口で深々と頭を下げた。


ごまかしはきかない。


恭風はジロリと要人を睨んだ。

「何や。飛んで来たんか。無駄足やったな。……領子は、あんたには何の関係もない、ゆーてるわ。わしも、今は、あんたの顔、見とぉないわ。帰ってくれるか。」

けんもほろろだった。


要人は頭を下げたまま、言った。

「私は、関係ないとは思っていません。……領子さまに、お逢いしたいのですが。」


「逢わん、ゆーてる。」

恭風は、ぷんすかぷんすか……頭から湯気が昇るほど怒っていた。



埒があかない。

焦った要人は、そのままの姿勢で言った。

「領子さまと、結婚させてください。」

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