いつも、雨
「領子さまを、そんな……妾(めかけ)や、愛人にしろと仰るんですか?」

要人の目が険しくなった。



……領子のこと、神格化しすぎやろう……。

恭風は、苦笑した。

「今時二号さんでもないやろ。別にココに居ってもええし、京都の屋敷を直して住まわしてもええし……。フレキシブルにつき合うたほうが、お互い、楽やで。」


結婚前も、結婚後も、妻の死後も、常にフレキシブルに、男女分け隔てなく自由恋愛を謳歌している恭風らしい言葉だった。



……そういう……キャラじゃないんだよなぁ……俺も領子さまも。


もちろん、火遊びとして不倫を楽しんでいるわけでもない。

お互いに誰よりも愛しているのに……別々の場所で生きている……。

要人は全てを捨てても領子と一緒になりたいが、領子は自分の周囲も要人の周囲にも軋轢を起こしたくない。

これも、価値観の違い、ということになるのだろうか。


「領子さまも……そんな風にお考えなのでしょうか……。」

珍しく弱気な要人に、恭風は曖昧な半笑いを浮かべた。

「阿呆やな。そんなん……思ってても言うかいな。でも、消去法で、そうしかないやろ。あんたには離婚してほしくない。けど、領子はあんたを思いきることもできんやろ。」


「……私は……優柔不断で不実な男のまま、生きなければいけないのですね。」

要人は自虐的にそんな風に言った。


恭風の目に冷たい光が灯った。

「なんや、それ。領子と再婚したら不倫が浄化できるとでも思てるんかいな。竹原、それは違うやろ。あんたも、領子も、……わしもやけど、やらかしたことは消えへんわ。……せめて、あんたは、佐那子さんと子供らを傷つけたらあかん。最後までバレへんように幸せにしたることで、償いよし。」



要人の目が泳ぐ。


返事をせずに困っている要人を見て、恭風は眉間に皺を寄せた。

「まさか、あんた……馬鹿正直に、佐那子さんに、領子と百合子のこと言うて来たんちゃうやろなあ!?」


「……言うて来たというか……去年、妻に打ち明けてます。」


「はあっ!?阿呆かっ!」


声を荒げた恭風に、要人はうなだれて、目を閉じた。

何も言い返すことができなかった。




しばらくの沈黙の中、廊下から足音が近づいてくることに気づいた。

「伯父さま。百合子です。お呼びですか?」

かわいい声に、要人は顔を上げた。
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