いつも、雨
「ああ。入っといで。」

恭風がそう声を張ると、程なくドアが開いた。

いつも写真で見ていた美少女が……少し目を腫らして、ふてくされたような表情で入って来た。


「あーあー。美人が台無しやな。……領子はどうした?」

「存じません。朝からお見かけしていません。」

まだ小学1年生だというのに、百合子の口調は臈長けたオトナの女性のようだ。

つんと、少し顎を上げた横顔に、幼い頃の領子の面影を感じた。


……領子さまより、かなり……ワガママそうだが……。



要人を一瞥もしない百合子に、恭風が言った。

「そうか。……百合子。挨拶しなさい。竹原や。」


慌てて、要人は頭を下げた。


百合子は、ようやく要人を一瞥し、軽く会釈した。


要人は、緊張を隠して口を開いた。

「はじめまして。百合子さま。竹原です。」


百合子は、女王のように頷いた。

「ごきげんよう。お名前は、母や恭匡さんから聞いてます。いつも、お心遣い、ありがとう。」


完全に、要人のことを見下した物言いだった。


恭風は眉をひそめたが、要人は気にせずに微笑した。


本当に挨拶だけで、百合子は退出した。




「……すまんな。傲慢な子ぉで。橘の大奥さんが甘やかしでしもて、あれや。恭匡が、逢う度に目くじら立てて怒って、矯正しようとしてはるけど、なかなか直らへんなあ。あれは。」

どうやら、恭風の目にも余るらしい。


「なるほど。お話にはうかがってましたが……周囲との軋轢が心配ですね。」

要人がしみじみそう言うと、恭風はうなずいた。

「うまくいってへんらしいわ。学校。最初はおやまの大将で、今は孤立してるようやな。……いっそ京都に引っ越して転校させたほうがええかもしれんなあ。」



……京都に……。

確かに京都なら……たとえ俺が離婚しなくても、毎日でも逢える……。

領子さまがお淋しくないように、朝晩お訪ねするとことも、一緒に昼飯を食うこともできる。



少し明るくなった要人の顔を見て、恭風はうっすら笑って提案した。

「もうすぐ春休みや。久しぶりに、みんなで京都に行こうか。これからのことも、イロイロ相談したいし。かまへんか?」


……この場合の相談は、いつも以上に高額な金の無心だろう。


全て心得た上で、要人は恭しく頭を下げた。
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