いつも、雨
「では、京都のお屋敷を整えておきます。」


恭風はしょっちゅう行き来しているし、恭匡も年に何度かはやってくる。

しかし領子は、恭風の妻だった静子の葬儀以来だし、百合子にいたっては初めての訪れだ。


あの美しい枝垂れ桜を、百合子さまにも見せてさしあげたい。

そうだ……部屋も少し改装したほうがいいかもしれない。



ようやくいつもの要人に戻ったことに、恭風は安堵した。


……思いつめて心中なんかされたら、かなわんわ。

こうまで不器用やとは思わんかったわ……領子も……竹原も……。




「領子さまにお会いしたいのですが。」

要人は訪問の目的を、改めてもう一度、恭風に言った。


恭風は、最初とは違う返事をした。

「なんや意固地になってしもてるから、呼んでも出てこんやろ。……隣は百合子の部屋やさかい、おちおち話もできひんやろし。……外で逢うてきたらどうや?」

「……領子さま次第ですね。逢ってくださるかどうか……。」

「らしくないで。……あんたやったら、どっからでも入れるんやろう?……かまへんし、泊まって行き。……まあ、百合子には気づかれんように、気ぃつけや。」

飄々とそう言ってから、恭風は思い出したように付け足した。

「せや。恭匡もな。……夕べ、百合子から聞いたそうや。さっきの感じ、百合子は竹原のことを疑ってもいいひんみたいやけど……恭匡は気ぃついてるんちゃうか。」


要人の胸が少し痛んだ。

確かに、先ほど玄関先で逢った恭匡は、今までとは180度違った。

「恭匡さまは……お聡いおかたなので……既に私に怒ってらっしゃるようでした。……百合子さまは……私など眼中にないようでしたね。……百合子さまのためには、何もご存じないままのほうがよろしいかと思います……今は。」


要人がそう返事すると、恭風は立ち上がり、わざわざポンポンと要人の肩を叩いてから部屋を出て行った。




1人残された要人は、少し冷えた紅茶にもう一度、口を付けた。


……死んでも、再婚しない……か……。

恭風さまから伝え聞いても、つらい。

領子さまご本人から言われてしまったら……立ち直れなかったかもしれないな。

我ながら、こと領子さまに関してだけは臆病すぎるが……。
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