いつも、雨
領子は、すっと背筋を伸ばして、キッパリと言った。

「決めました。竹原。奥さまに謝ってらして。再婚も離婚もしないと安心させてあげて。……それまで、わたくし、竹原とは会いません。」



……また、勝手なことを……。

「では、貴女は、おつらくないんですか?俺が家内の機嫌をとるために時間を費やしても……淋しくないんですか?嫉妬もしないんですか?」


責める要人に、領子は眉をひそめた。

「どんなに淋しくても、つらくても、うらやましくても、我慢します。……奥さまだけじゃないわ。竹原に、他に好きな女性ができても……若い女の子に入れあげても、わたくしには文句を言う資格はありませんから。」

「……俺は、貴女に、もっと執着して嫉妬してもらいたいんやけど。」


憮然としてそうつぶやいた後、要人は自虐的に笑った。


「けっこう。領子さまの望み通りにいたしましょう。今さら元通りというわけにはいかないと思いますが、貴女が妬くほど仲良くなれることを目標にいたします。」

「……意地悪ね。でも、そうしてください。」

領子はそう言って、すっくと立ち上がった。

そして、音をたてずに障子を開けて、出て行ってしまった。



……意地悪はどっちだよ……。


要人はため息をついた。


とりあえず……帰るか……。




重い腰を上げ、後ろ髪を引かれながらも、要人は恭風に辞去の挨拶に向かった。


「せめて一緒に飯喰って行ったらええのに……。」

引き留める恭風に、要人はほほ笑んだ。

「ありがとうございます。でも、今夜は帰ります。京都にはいつでも来ていただけるようにしておきますので。」

「そうか……ほな、頼むわ。ありがとうな。近々相談に行くわ。」


いつになく「相談」を念押しした恭風に、要人は力強くうなずいて見せた。





夜、帰宅すると、佐那子が驚いた顔で出迎えた。

「まあ!急な出張でお帰りにならないと聞いたのに……喧嘩でもしたの?」


どこまでわかってるのか、冗談のつもりか、あるいは、かまを掛けたのか……。


要人は苦笑して、佐那子に土産の入った紙袋を渡した。

「ただいま。子供達は?」

「義人が由未のお部屋でお勉強を見てくれてるわ。……夕食は?何か、食べる?」

「いや……食欲があまりなくてね。佐那子、話がある。」


佐那子の瞳が動揺で揺れた。
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