いつも、雨
しかし、表情は変わらなかった。

いや、変えないように、かなり努力していた……。

「そう。……お庭でお話ししましょうか。今夜は月がとても綺麗よ。」


言外に、変わらない愛情を伝えてくれる佐那子に、要人は胸が痛んだ。


俺のほうが泣いてしまいそうだ……。


庭の灯りは消したまま、2人は歩き出した。

だいぶ溶けたとは言え、斜面のそこかしこに残った雪がレフ板のように月を反射して、何となく明るい。



「下がり梅が咲いたの。イイ香りよ。」

佐那子にいざなわれて、梅園へと向かった。


馥郁とした香りが漂ってきた。


……領子さまの香りだ……。

要人の胸に、天女のように一瞬だけ腕にかき抱いた今日の領子が去来した。

「……ああ、本当に、イイ香りだな。」


しみじみそうつぶやいた夫に、佐那子は多少苛立った。


「で?話って、なぁに?」


急かすような口調に、要人は佐那子が何らかの情報を既に得ていることを悟った。

秘書の原が匂わせたのだろう。


要人は、うん……と小声でうなずいてから、空を見上げた。


月が明るすぎて、星が少なく感じる。

いつもと同じ数だけ光っているはずなのに、月の有無、周囲の明るさで見えなくなってしまう。


……ヒトの心も……変わらなければいいのに……。

いや。

変わるから、楽なことも多いか……。



「君は……君の俺への気持ちは……あれから、変わったかい?」

ずるい質問をしてしまったことに気づいて、要人は慌ててつけ足した。

「いや、すまない。そうじゃなくて……、私が言いたいことは、」

「変わらないわ!」

佐那子は、要人の言葉を遮るようにそう言った。


驚く要人の胸に顔を押し付けて、佐那子はぎゅっと抱きついた。

「……いいえ、自分でもあさましいぐらい、要人さんに執着してる。……私、嫌な女になったわ。だから、変わってしまったかもね。」

自虐的なつぶやきだった。

とても悲しそうに、声が震えていた。
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