いつも、雨
要人の目の奥が熱くなった。

「……そうか。」

声と一緒に涙が出てしまった。


……嫌な女になったなんて、全く感じない。

むしろ、ふところの大きさに、俺はずっと甘えさせてもらって……。

……君ほど、優しいヒトは、いない……。




湿った声に驚いて、佐那子が顔を上げた。


……泣いてるの?

佐那子はハンカチで、要人の涙をそっと拭った。

「どうしたの?……いいから、言ってみて。私は、何を言われても、平気だから。」


要人は、かつては確かに守るべき存在だったはずの妻に、母性を感じていた。


無償の愛……。

全てを受け止め、許してくれる愛。

……ありがたいけれど……つらい……。


そんな風に達観させてしまったことに、今さらながら罪悪感を覚えた。



「昨日、領子さまが離婚したそうだ。」


佐那子の眉毛がぴくりと動いた。


「……今日、聞いて……急遽、天花寺家にうかがってきた。」


唇が震えたけれど、佐那子は何も言わなかった。


要人は、目を閉じて、言った。

「再婚を申し込んだが、ふられた。俺とは、死んでも、再婚しないそうだ。」



沈黙が広がった。



反応がないことに不安を覚え、要人は目を開けた。

佐那子は要人ではなく、月を見上げていた。

その瞳に、ゆらゆらと涙が浮かんでいた。


「佐那子……。」

どう声をかければいいかわからない。


佐那子は、上を見たまま、まばたきを繰り返した。


要人は、佐那子からハンカチを奪って、そっと涙を拭いてやった。




やっと佐那子は要人を見て……鼻をすすって、笑顔を見せた。

「トロフィーワイフと思われるのがお嫌だったのかしら。」


わざと、素っ頓狂なことを言う妻に、要人は苦笑した。


「どうかな。あのかたの心は、俺にはわからんよ。……君の心も。こんな情けない男、本当に、嫌にならないか?」


佐那子は、要人の手を両手で持って、自分の頬に宛がって目を閉じた。

「……嫌になれたら、楽なのに……。」


それでも、好きなの……。

私のもとに帰ってきてくれて、うれしいの……。


「なかったことにはならないけれど……今まで以上に、努力しましょう。だから、もう、他の女性に目を向けないで。……次は、もう、無理だから。」

佐那子の言葉は、前向きに、寛大に、脅しをかけていた。


……本当に、賢い、イイ女だな……。

要人は改めて妻に感心するとともに、これからの領子との関係継続には、今まで以上に細心の注意が必要になることを覚悟した。


「わかった。肝に銘ずるよ。」


そうして、早速、領子との約束を守るための、嘘をついた。

梅の香りが、罪悪感いっぱいの要人を、かろうじて支えた。



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領子が橘家から追い出される描写は、

拙著
「何度でもあなたをつかまえる」 appassionato 96頁

からをご参照くださいませ。


要人視点で語り得ない以上、重複になりますので、今回は割愛いたしました。

https://www.berrys-cafe.jp/pc/book/n1359664/96/
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