いつも、雨
「ああ。そろそろええやろ。ほら、隣にマンション建ってから、庭も池も、なんぼ手入れしても、前と同じにはならん。能舞台かて、無粋なもんが目に入ってしもて、興醒めや。……悔しいから、今度は、マンション住人が迷惑するような、でっかい建物、建てたらええわ。」

どこまで本気なのか、恭風は要人をけしかけた。


「……いや、このあたりは規制が厳しいので、そこまで大きなビルは建てられないのですが……確かに、箔付けにはイイ場所ですね。しかし、もったいないな……。」


要人は、咲き誇る桜と、領子を見つめた。

領子もまた、桜と、要人を交互に見ていた。



「まあ、確かに桜はもったいないなあ。……何本か残して、あとは移植したらどうや?」

恭風は暢気にそう言うけれど、領子は首を傾げた。

「……うまく根付きますかしら。枯れてしまわない?」


要人は、苦笑した。

「専門家に相談してみましょう。……桜も梅も松も……お屋敷の建材も、新居に持ち込めれば、淋しくありませんね。」


「いや、そんなおっきい家は要らんで?箱庭と茶室があればええから。」

恭風にしては珍しく遠慮しているらしい。


「わたくしは、わざわざ新築しなくてもけっこうですわ。」


……まあ、恭風さまはともかく、領子さまは絶対に、素直な願望を口にしないだろうけど……やはり気に入った家を作ってさしあげたい。


「ゆっくり、おうかがいしますよ。……まずは場所からですね。利便性と環境、どちらを優先させたいですか?」


まるで、おままごとのように、理想の家を思い描く。

どの程度、具現化できるかはわからないが、当分は楽しめるネタができたようだ。


3人は、子供時代に戻ったように、わいわいと語り合った。






春休みは、あっという間に過ぎてしまった。

結局、恭匡(やすまさ)は来なかった。

口にはしないが、領子と要人の仲を疑い、反発していることは間違いない。

さらに、最近では、ろくに家業の書にすら向き合わなくなった遊び人の父親と、どこまでも父を甘やかし寄生させる要人に対して理不尽な憤りを覚えている。


思春期の潔癖さが、恭匡を孤独に追いやった。





ゴールデンウイークには、父に引っ張られて、渋々恭匡も京都へ赴いた。

しかし、恭匡は部屋に閉じこもって、ひたすら筆を取り、書を書き散らして過ごした。

いつもヒステリックな従妹の百合子が、京都では静かなことに気づいたが、その原因が要人の息子の義人への憧憬だと知ると、興味を失った。


どうでもいい、わけじゃなくて、ただ、関わりたくなかった。




なのに……。



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