いつも、雨
「引っ越しって……どういう意味ですか?」


領子と百合子が出かけ、父の恭風と2人の昼食時に、恭匡は初めて話を聞かされた。


「どうって、そのまんまやがな。うちはもともと、わしの死んだ母親の実家の家やん?なんとなく借りぱちしてたけど、あちらもとっくに代替わりして衰退してしもたからなあ……ずっと前から、あそこにマンション建てたいて言うてはったんや。最初のうちは、そのマンションにうちらも住まわせてくれるゆーてはってんけど……あちらにその資金もなくなってしもたんやろな。もう、土地を売ることしかできひんみたいやわ。」


暢気な父の口ぶりに、恭匡は頭痛がしそうだった。


「……かりぱち、って……所有権もなく、賃貸契約もせずに、うやむやの状態で居座っていたのですか?」


息子の批難に、恭風は眉をひそめた。


「なんや。そんな顔して。親戚やん。たいそうな……。まあ、せやしな、そろそろ、うっとこも引っ越ししたいな~って思って、竹原に相談したんや。」

「……また、竹原の世話になるのですか……。」


恭匡は、思わず拳を握った。


主従関係を遡れば中世まで辿れる縁だと聞かされても、あまりにも甘え過ぎだ。

恥かしくないのか……。


恭風は、口を尖らせた。

「さすがに、わしかて億単位の金は貰えんわ。せやし、代わりにココをやろうと思てな。」

「億……。」

「まあ、そうなるやろ。京都に1軒、東京に1軒や。こっちはともかく、あっちにそれなりの家建てたら、1億じゃすまへんらしいわ。……すごいなあ。」


どこまでも他人事のような口ぶりの父親に、恭匡は、それ以上何も言えなくなってしまった。


この家がどれだけ歴史のある御屋敷だと言っても、無計画な修繕と改築で文化財的価値はない。

建物としての値打ちなんか、とっくにない。

隣のマンションのせいで日当たりも眺めも悪くなった。

土地はそこそこ広いが……どう考えても、父の望む家2軒分の地代と新築費用は購えないだろう。


結局、等価交換ではなく、また、竹原に施しを受けることになるのだ……。


恭匡はますます鬱々と落ち込んだ。



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