いつも、雨
悩める天花寺恭匡少年をさらに深い闇に突き落としたのは、その夏のこと。


祇園祭にかこつけて、恭風は灼熱の京都へやって来た。

地獄の釜風呂のように蒸し暑い真夏の京都にわざわざ行くなんて、酔狂だ……と、恭匡は本気で呆れていた。


恭風や領子は思い出深い屋敷に最後の別れを告げに来たのだが、嫌な思い出しかない恭匡には利解できるべくもなかった。





8月のとりわけ暑い日の午後、恭匡は庭先で火を熾した。

書の家に生まれた恭匡は、物心つく前から、毎日毎日、墨を擦り、筆を取り、半紙や料紙に文字を書き連ねてきた。

大量に出る紙の山は、まとめて焼却している。


恭匡にとっては焚き火も日常の1コマだったが……真夏の真っ昼間に、汗だくで炎を見つめている姿は異様だったらしい。



「あつぅ……」

突如、小さな声がした。


いつの間にか、座敷童のようなかわいらしい女の子が、すぐそばの縁側に立っていた。


「……君は?誰?」

初対面のはずだが、何となく懐かしさを感じた。

京都に住まう親戚筋の誰かの子供だろうか。


少女は、ためらいがちに名乗った。

「竹原由未、です。」

「ああ、竹原の……」

確か、従妹の百合子と同い年の娘がいると言っていた。

その子の名前が由未だったことにも、すぐに気づいた。

……そして、恭匡は、遠い昔、この少女によく似た面差しの女性に優しくされたことを、漠然と思い出した。


あれは……竹原の奥さんだった……。

なるほど、似ていても不思議じゃない。

そうか……。


恭匡は、珍しく、笑顔を見せた。

「ひとりでどうしたの?迷子かい?」


由未は、恭匡を見つめながらこっくりとうなずいた。

「……天花寺のお姫さまと遊ぶように言われましたが……」


それ以上、由未は続けられなかった。


つぶらな瞳に、みるみるうちに涙が溜まり、ポロポロとこぼれ落ちた。



恭匡は、慌てて由未に駆け寄った。
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