いつも、雨
庭の四阿(あずまや)で、キリリと冷やしたロゼワインを楽しんでいた大人達は、この様子を遠巻きに眺めていた。


「……百合子さまと遊ぶように言ったのに……」

また、恭匡(やすまさ)さまの機嫌を損ねてしまう……。


要人は、娘の由未の鈍臭さに、舌打ちしたい気持ちになった。


いつもは義人を連れて来るのだが、今日は中学受験のための模擬試験があるらしい。

代わりに由未を初めて連れて来てみたのだが……要領のいい義人と同じようにはいかなかったようだ。



「……たぶん百合子が拒否したんだと思いますわ。あの子、今日も義人さんにお会いできることを期待して、どのお洋服を着るか悩んでたの。……由未さんに、八つ当たりして、つらく当たってないといいのですが……。」

領子は、額を抑えてため息をついた。


「せやせや。わしも、さっきぃ、文句言われたわ。癇癪起こしてるんか思たら、なんや……義人くんが来ぃひんで、拗ねてるんかいな。」


思わず領子は、兄の恭風に小声で謝った。


恭風は、バタバタと中啓で扇ぎながら、呵々と笑った。





いつの間にか、恭匡と由未は建物に入っていた。

要人は、グラスを持ったまま、四阿を出てしゃがんで覗き込んだ。

「おやおや。恭匡さまが娘に餌付けしてらっしゃる。……え……恭匡さま、娘に書を教えてくださっているようですが……。」


「へえ!珍しい!百合子がなんぼやりたがってもあかんて突っぱねてたのに!……あいつ、よっぽど由未ちゃんのこと、気に入ってんなあ。」


恭風の言葉に、要人はドキッとした。


百合子さまに教えなかった書を、由未に教えてくださるというのか。

気まずい……。



不自然に沈黙する要人に、領子は悲しげにほほえんだ。

「恭匡さまは、わたくしのことも、百合子のことも、天花寺家の恥、と、疎ましく思ってらっゃるから。天花寺の名前に戻ってほしくないとも仰ってました。……ましてや、書に関わらせたくないのでしょう。」


「……へえ?まさか、あんた、それで橘姓のままなんかいな。」

恭風は初耳だったらしい。
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