いつも、雨
既に聞いていた要人は、無表情のまま、グラスをあおった。

領子もまた、のどを潤してから、淡々と兄に語った。

「いえ。……離婚する時に、舅にお願いされましたので。橘のお義父さまは、百合子が、千歳さんの子供じゃないと知っても、わたくしのことも、百合子のことも、大切な家族として愛してくださいました。……離縁しても、同じ橘姓を名乗っていれば、完全に他人じゃない気がすると、おっしゃって……。親戚のようなものと言えるから、と。」


感情を抑えていても、泣きそうになっている領子が愛しくて……。

抱きしめて、気の済むまで泣かせてさしあげたい、と要人は切なく息をついた。


恭風は、しみじみとうなずいた。

「そうかぁ。ほんまに、橘のおじさんはエエヒトやなあ。まあ、そういうことなら、そのままでええやん。百合子も苗字が変わると、学校で気ずつないやろし。」


……でも、その百合子さまは、天花寺姓に憧れがあるらしい……。

義人からそんな話を聞いていたけれど、要人は何も言わなかった。


本当は、領子だって、天花寺姓に戻りたかったはずだ。

しかし、大恩ある橘千秋氏の気持ちを、これ以上無碍にすることができなかったのだろう。

領子と百合子の本音は、橘千秋氏の懇意と恭匡の反発の前に、諦めざるを得ない。


2人のことが、ただただ不憫で……要人は、目を伏せるしかなかった。




「おや?……おやおや?……おや~?……竹原、何か、あったみたいやで。由未ちゃん、脱いでる。」

すっかりクールになってしまった息子の笑顔が物珍しくて、ちらちらと見ていた恭風が、要人を呼んだ。


「はあ?」


四阿から見られているとはつゆ知らず、由未はピンク色のワンピースに着替えていた。


「あら。あのワンピース……百合子のお気に入りかしら……。」

「百合子さまの?おままごとか何かで、お借りしたのかな?」

「……いや、持ってきたん、恭匡やったで。……あいつ、ちゃんと、百合子に断わって持って来たかなあ……。百合子、あとで、怒らへんけ?」



恭風の言葉に、領子と要人は顔を見合わせた。


「……ちょっと……様子を見て来ます。」

要人は、足早に庭を駆け抜けた。





「失礼します。」

そう声をかけて、恭匡の部屋の引き戸を開けた。
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