いつも、雨
恭匡と由未は、頭をつき合わせるように、何かをしていた。

由未が着てきた白いワンピースに、黒い墨のしみがいっぱい飛んでいた。


……なるほど……しみ抜きしてらっしゃるのか……。


「やあ。竹原さん。こんにちは。父との話は終わりましたか?」

由未の前なので、いつもは呼び捨てなのに、恭匡は「さん」を付けて呼んだ。


恭匡の気遣いに要人はほほ笑んだ。

「ご無沙汰致しております。恭匡さま。ご活躍は伺っておりますよ。……由未、百合子さまと遊んでいただくように言ったのに、恭匡さまのお邪魔をしたらあかんやろ。」


めっ!と、娘を形ばかりに叱ると、恭匡が庇った。


「いや、百合子の相手はかわいそうなので僕が引き留めたんです。それより、すみません。由未ちゃんの白いお洋服に墨を付けてしまいました。」


要人は、プライドの高い恭匡が、由未を庇って謝ったことに心底驚いた。



「恭(きょう)兄さまに字を書いてもらったの。焼いてほしくなかったの。……ごめんなさい。」

娘の由未が、しょんぼりして、要人に謝った。



一瞬、由未が何を言っているのか、要人にはよくわからなかった。


……きょうにいさま?

恭匡(やすまさ)さまのことか?



「なんだ、そうだったの。……いいよ、あげるよ。それは、半分は由未ちゃんが書いたものだしね。」

そう言って、恭匡は要人に、由未の白いワンピースを手渡した。

「たぶん完全には落ちないと思いますので、新しいのを買ってあげてください。とてもよく似合ってましたから。」



以前の、要人を慕っていた頃には及ばないが、それでも、恭匡の態度がいつもと明らかに違った。

唖然としている要人と由未を置き去りに、恭風は縁側に出て手を洗って、ハンカチで拭きながら戻って来た。

そして、文机の半紙を丁寧に折り畳んで由未に渡して、続いて、小さな干菓子を由未の口に入れた。



……おいおいおい。

初対面だよな?

何で2人とも、そんなにうれしそうな顔してんだよ……。



「まるで、餌付けですね。」

なるべく笑顔でからかう……ふりをした皮肉だった。


恭匡には通じたらしい。

いや、敏感な恭匡は、要人の揶揄に、自分がこの小さな女の子に無防備な愛情を抱いてしまったことを悟らせた。


……この子は、竹原の娘なのに……。
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