いつも、雨
無意識に、恭匡は要人を睨むような顔をしていた。


……固まってらっしゃる……。

「……失礼しました。」

要人は、笑いをこらえて神妙にそう言った。


恭匡は感情を押し殺すように顔を背けて

「次に由未ちゃんとお越しになる時には、水仙粽(すいせんちまき)を買ってきてください。……由未ちゃんは餡(あん)も嫌いらしいので、羊羹粽(ようかんちまき)もいいかな。では、僕はこれで。」

と、言い残して部屋から出て行ってしまった。



……ご自分のお部屋はココなのに……いったい、どこへ逃げ込まれるおつもりなのだろうか。

想像すると、失礼ながら、笑ってしまいそうだ。


それにしても、今のおねだりは、粽(ちまき)というよりは、由未をまた連れて来いということだよな?

随分と気に入られたものだ……。


ちらりと娘を見下ろした。

由未は、恭匡にもらった半紙を大事そうに抱えてニマニマしていた。

どうやら由未も恭匡に懐いているらしい。


「……恭匡(やすまさ)さまを、恭(きょう)兄さま、ね。」


……おもしろいことになりそうじゃないか。

思わぬ縁がここに始まったことに、要人の頬が無意識に緩んだ。





夕食時、少し騒動があった。

恭匡が由未に渡したピンクのワンピースは、やはり百合子のお気に入りの逸品だった。

百合子は、一緒に遊ぶことすら拒絶した由未に、大切なワンピースを勝手に着られてしまい、怒り狂った。

「何であんたが私の服を着てるのよ!信じられない!この泥棒!」


顔面蒼白で縮ぢこまる由未と、真っ赤な顔で喚く百合子。

血を分けた実の娘2人には、最初から不文律の身分格差が存在していた。


……子供同士だからと言って、すぐに仲良くなれるものでもなかった……。


百合子が義人には心を開いたとしても、その妹の由未に対しては、やはりそう簡単にはいかなかったようだ。

自分が楽観的過ぎたことを痛感し、要人は由未の手を強く握った。


聞くに堪えない暴言で由未を詰った百合子は、遅れてやって来た恭風にたしなめられた。

それでもなお鼻息の荒い百合子を、恭匡が容赦なく叱責した。


由未を庇ってくれることはありがたいが……百合子さまに対して、もう少しだけ、優しく接してもらえないかな。



要人は、複雑な気分で事の収束を見守った。

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