いつも、雨
自宅に帰宅すると、由未は兄の義人のもとへと飛んで行った。

幼い由未には、百合子の暴言の意味がわからなかったらしい。

「お兄ちゃん、げせん、ってどういう意味?」


由未が義人にそう尋ねるのを聞いて、要人は胸が痛んだ。


……言われた由未は勿論哀れだが……いつか百合子自身も傷つくだろう。

下賎と見下す男が自分の父親だと知れば、百合子のアイデンティティは根底から揺らぐ。

いや、その前に……下賎の男の息子に恋していることを、自分の心にどう折り合いをつけるのだろうか……。


妹が虐められた敵(かたき)を取る!と息巻く義人を放置できず、要人は論点をすり替えて義人を叱った。

同じ立場でやり返すのではなく、もっと狡猾に、うまく立ち回れ、と諭した。


……今の傲慢な百合子の鼻をへし折ることができるのも、矯正できるのも、義人だけだ。

義人が憎しみではなく、慈愛で百合子を変えてくれることを望むのは、期待し過ぎだろうか。




********************************


「百合子が……、このまま京都に住みたいと言い出しました。」


要人が領子からそう聞いたのは、お盆に入る直前のこと。


「……それは……2学期から、こちらの小学校に転校すると言うことですか?」


急な話だが、転校のタイミングとしては悪くない。


領子は神妙な顔でうなずいた。

「ええ。……とりあえず公立小学校に転校して、受験勉強をして私立の中学を目指すそうです。……義人さんの影響みたいですわ。」

「……義人の……。」


領子と要人は、複雑な表情で見つめ合った。


幼い淡い恋なら、逢わなくなれば、そのうち忘れるとタカをくくっていた。

しかし、わざわざ、そばにいるために努力する決意を固めたのなら……それは……



「百合子が、イイ方向に変わろうとしているのは、確かです。環境を変えるのは、あの子を楽にしてやれると思います。」

領子はため息まじりに、そう言った。


要人も、重々しくうなずいた。

「そうですね。……今からで、間に合うかわかりませんが、もしよろしければ私立の小学校に編入できるか聞いてみましょうか?」


領子は首を傾げた。

「……そのほうがいいのかしら?竹原の旅行中に、一旦、東京に戻って、転校の手続きをしなければいけないと思っていたのですが……。」


< 321 / 666 >

この作品をシェア

pagetop