いつも、雨
「どのお部屋からも、お庭を眺められるようにしてください。」

領子が要人に口にした願いはそれだけだった。


……ここに住むわけではなく、別荘的に滞在する気しかない恭風のほうが、やれ茶室の床柱は南天がいいだの、枝折り戸のデザインをイメージ通りに作ってくれだの、障子は全て雪見障子がいいだのと、細かい希望を提案した。



要人は、自宅の普請を頼んだゼネコンではなく、その際に茶室を作りに来た下請の大工に直接、建築を依頼した。

まだ若いが熱心な、かなり腕のいい大工だと佐那子からも運転手の井上からも聞いていたのと、彼が質のいい建具を作る老舗の建具屋から独立した次男だと知り、興味を覚えた。

要人自身が立身出世の人物なので、自分の力だけで勝負する気概が好ましく感じたのかもしれない。



宇賀神(うがじん)一夫。

たいそうな苗字と、平凡な名前。

かっこよくも、スマートでもない、猪首の男は、大学を中退して大工修業に飛び込んだ武骨なまでに真面目な男だった。




領子が初めて一夫と逢ったのは、上棟式という簡単なお祝いの席のこと。


それまでの細かい打ち合やせや地鎮祭には、施主の恭風と、要人しか来なかった。

……領子は、家の持ち主になるのを頑なに拒んだこともあり、現場には姿を見せなかった。


年の瀬に始まった工事は、正月休みを経て、雪の日に棟を上げた。

領子の臨席のため、要人は防寒対策としてブルーシートを張り巡らし、いくつものストーブまで準備させた。


過保護っぷりに呆れていた一夫だったが、現れた領子の美しさと気高さに、魂を抜かれた……。


しかし、領子の眼中には、幾人もいる大工さんや職人さんの1人としか映らない。

個別認識されることなく、2人の邂逅は通り過ぎてしまった……。






梅の花が咲く頃、領子と百合子は寝殿造りのお屋敷から引っ越しをした。

真新しい白木の数寄屋造の新居は、ピカピカの銅が随所にまばゆいばかりに輝いていた。


「……どれぐらいで落ち着くのかしら。」

引っ越し作業は業者に任せて、領子は庭の腰掛待合でそう呟いた。


「そうですねえ。一ヶ月せんうちに曇って来ますわ。だんだん暗く落ち着いてきて、そのうち花が咲くように緑青(ろくしょう)が出てきます。真(ま)ぁ緑になるには、10年から20年はかかる言われてます。」

思わぬところから、丁寧な答えが返ってきた。
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