いつも、雨
領子は立ち上がって、腰掛待合の裏に回った。

一夫が、しゃがんで杉板をバーナーで焼いていた。


「まあ……。いらっしゃったんですか。……宇賀神さん。」

「はあ。まあ、仕事ですから。」

顔を上げて領子を一瞥すると、一夫はすぐにうつむいて淡々とそう言った。

素っ気ないようだけど、その頬が紅潮し、声も手も震えていた。

どうやら緊張しているらしい。


顔を見なければ、むしろ饒舌に説明できたのに……。


決して女性が苦手なわけではないが、一夫は領子に対してだけは普通に話せそうになかった。



「……どうして、焼いてらっしゃるんですか?」

真っ白な杉板をわざわざ黒くする意味がわからず、領子は尋ねた。


「え。そりゃ、耐久性がよぉなるからやけど。……それに、火事にも強いんですわ。」


真冬なのに、一夫の額に玉の汗が浮かんで来た。



……火を使ってらっしゃるから暑いのかしら。

あら、でも、目に入りそう……。


領子は、慌ててポケットからハンカチを取り出して、一夫の額に宛がった。


驚いた一夫は

「わああああっっ!!」

と大声をあげて、杉板も、バーナーも放り投げてしまった。


尻餅をついた一夫が、なんだかクマのぬいぐるみみたいで……領子は、声をあげて笑った。

笑い過ぎて、涙が目尻に滲んだ。


一夫は、自分のぶざまな失態を笑われているというのに、領子の笑顔にただただ見とれた。



「あ……ごめんなさい。なんだか、かわいらしくて……。」

領子は涙を拭いて、ニコッと笑った。

少女のような無防備な笑顔だった。


「かわいい?……わしが?」

一夫の胸が、バクバクと音を立てる。


誰がどう見ても、いかつい、むさい男だ。

かわいいなんて、子供の頃にだって、言われたことがあるだろうか……。



領子はハッとしたように口に手を当てて……小声で言った。

「お気を悪くなさいました?……失礼いたしました。」


いつもの領子に戻りかけた時、一夫は慌てて起き上がろうとして……バーナーで足を滑らし、今度は完全に仰向きにコテンと転がってしまった。

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