いつも、雨
「……すみません。何度も。……あぁ、おかしい。わたくし、失礼ですわよね。ごめんなさい。」

涙を拭きながら領子が謝る。


でも、一夫は、快活な笑顔で言った。

「いや。お嬢さん……じゃなくて……ママさんの笑顔、めっちゃええ感じですわ。わしまで楽しなりますわ。遠慮なく、どんどん笑てください。……わし、面白みのない人間やから、気の利いたことゆーて笑わしたげることはできひんけど。」


「……領子です。橘領子。」

ママさんじゃあ、水商売の女性のようだわ。

領子は、一夫にそう名のった。


「かわいい名前したはる。えりちゃんかぁ。」


……えりちゃん……。

そんな風に呼ばれたこと、なかったわ。


領子は目をぱちくりさせて、目の前の男をマジマジと見た。


愛嬌のある笑顔は、決してハンサムではないけれど、安心感を抱かせた。


気がつくと、一夫は、領子がバランスを崩さないように支えてくれていた。

背中をさすっていた右手はそのまま背もたれのように、左手は領子の腕をつかまえていた。


近すぎる距離感にやっと気づいたけれど……特に嫌な気はしない。


領子はそのまま、一夫に尋ねた。

「先ほど、わたくしの独り言……どうして、銅のことだとおわかりになりましたの?……驚きましたわ。」


何を尋ねられたかよくわからず、一夫は首を傾げた。



……くまみたい。

首の短さが強調されて、やはりぬいぐるみのようにかわいく思えた。



「なんで?さあ?なんでやろ。……今のままやと、おさまりが悪いからかなあ。……なんてゆーてはりました?」

改めて一夫が領子に尋ねた。



「ええと……落ち着くのがいつか、ということしか言わなかったと思うんです。この状況でしたら、お引っ越しがいつ終わるのか……とか、新しい環境にいつ馴染めるか……みたいな意味合いにも取れるんじゃないかと思いまして。」


領子はそう答えながら、自分がどうしてこんなことにこだわっているのか、不思議に感じた。


……別に、どうでもいいことのはずなのに……。

たまたまぴったりの答えをくださったことが……うれしかったのかしら……。



葛藤する領子に、一夫はあっけらかんと言った。

「そんなん!気にすることちゃうやん!」


単純な言葉なのに、領子の心にすとんと落ちてきた。
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