いつも、雨
穏やかで幸せな日々が、しばらく続いた。


その年の秋、久しぶりに東京から恭風がやって来た。

恭風は、代々木上原の閑静な住宅街に、京都の町屋のように坪庭のある、こだわりの日本建築を構えた。

よほど居心地が良いのだろう。


「……なんや、こっちの家は、ジメジメしてるなあ。川の側やからか?」

と、ぶつぶつ言って、まだ10月だというのに、客間に火をくべさせた。


「火鉢……捨てなくてよかったですね。」


炬燵やストーブではなく、炭火にこだわった兄に多少呆れつつも、領子は茶室の炉用の菊炭を提供した。


「阿呆な。捨てんといてや。いや、捨てるんやったら、東京に送ってーや。……恭匡も火ぃ好きやし、喜ぶやろ。」

「あら、それなら、お正月までに……いえ、すぐにも、お送りいたしますわ。捨てずに残していただいているはずです。明日にでも聞いてみますわ。」


領子は気軽に請け合った。

恭風も何の気なしに聞き流した。

領子が尋ねる相手は、要人かキタさんとしか思わなかった……。





しかし翌朝、恭風は野太い男の声で目覚めた。

時計を見ると、8時半。


……宅配……にしては、早すぎるし……何や?


浴衣に半天を引っ掛けて、トイレがてら、恭風は廊下に出た。



ドタドタと粗野な足音が響いて来た。



誰や?行儀の悪い……。

百合子は、もう、とっくに学校行ったやろし……。


飄々と廊下を歩くと、茶室の前で見覚えのある男と出会った。



「おはようございます!ご無沙汰してます!」

一夫は、突然現れた恭風に驚きはしたものの、すぐに笑顔で挨拶した。


好いたらしい笑顔に見覚えがあった。


せや!

工務店の親方や!


「あ……ああ。……ああ!宇賀神さんや!へえ?どうしたん?……仕事?」

恭風は鷹揚にそう尋ねた。


一夫は、頭を掻いた。

「いや、あー……えーと、お抹茶をご馳走になってます。」

「へ?」

恭風は意味がわからず、キョトンとしていた。




すぐに奥から領子が、お盆に茶碗や茶筅をセットして運んで来た。

「あら、お兄さま。おはようございます。お早いですね。」


もちろん嫌味ではない。

自堕落な生活を送っている恭風は、いつも昼まで起きて来ない。


実際、まだぼーっとしてはいたものの……領子の様子がいつもと違うことに気づいた。
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