いつも、雨
「おはようさんですー!え……?えりちゃん?」


翌朝、領子(えりこ)の瞼は別人のように腫れていた。



「……おはようございます。」

それでも領子は一夫を追い返すこともせず、いつも通りに招き入れた。



これは……泣いた理由については触れないほうがいいんやろうか……。

さすがに一夫も困惑はした。


でも……当たり障りない会話をしても意味がない気がした。


一夫は、領子の笑顔が見たかった。

そのためには、ピエロにも、悪役にもなれる。


「なんや?好いた御仁と喧嘩でもしたんか?……せやけど、目ぇ腫れるまで泣かせるて、どういうこっちゃ。わしが文句言うたろか?」

要人(かなと)と領子の非公式な関係に土足で踏み込むつもりで、一夫はそう言った。


領子は、苦笑した。

「……竹原とは喧嘩にもなりませんわ。本音を言い合うこともありませんから。……数日前に、黙って帰ってきてしまいましたけど……、泣くほどのことではありません。」


その程度の仲違いは、よくあること……なのだろうか……。


「そういや、昨日、竹原社長を見かけたけど、元気なさそうやったな。……えりちゃんの涙は、それとは別件なんや?」


一夫に問われて、領子は目を伏せた。


「兄が私を東京に連れて帰ると言ったのですが、京都に居たいと断りました。……それで、兄に縁を切ると言われました。」

「……何で?なんで、お兄さん、そんなこと言い出したん?」


そう聞いてから、一夫は、数日前にココで逢った時の恭匡(やすまさ)の様子を思い出した。

この家を建てる前後と、あきらかに一夫を見る目が違った……。


……そうか……。


「わしがえりちゃんに逢いに来ることか……。」


領子は、うんともすんとも言わなかった。


重ねて、一夫は確認した。

「……外聞悪いってゆーてはるんやな?」


ビクッと領子の肩が揺れた。 



一夫は、少し屈むようにして、領子の目をじっと見入った。


クマのぬいぐるみのようにつぶらな瞳……。

領子の中の警戒心を霧散させる、優しい光。

心に沁み入ってくる……。



みるみるうちに、領子の瞳が潤んだ。

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