いつも、雨
「嫁……さん……」

領子は、驚いた。


一夫の言葉の意味はわかる。

だが、「嫁さん」という言葉は、自分には無縁のような気がしていた。

まるでドラマか小説のような言葉に、領子は忙しくまばたきを繰り返した。


「ああ、嫁さんや。恋女房や。」

一夫は念を押すようにそう言った。


領子の頬が、赤く染まった。



……照れてる……。

かわいい……。

あかん、めっちゃ、かわいい。


一夫は、思わず、再びぎゅーっと領子を抱き寄せて……我に返って、慌ててまた、腕の力を緩めた。


まるでオモチャのような一連の動作に、領子はぷっと吹き出した。

本当に……楽しいかた……。



「ええんか!?ええんやな!」

笑顔の領子に、一夫はそう決めつけた。


領子は慌てた。

「あの!急すぎて……。お気持ちは、うれしいんですけれど……あの……わたくし……良妻でも賢妻でもありませんわ。……恥ずかしながら、家事もしたことないんです。まして、一夫さんは……大工さんの親方ですよね?……わたくし……何にもお役に立てないと思います。」



決して、謙遜ではなかった。


言ってる領子本人が、自分の言葉で自己嫌悪に陥るほどに、領子は家庭人としても職業夫人としても経験皆無だ。

……社交界での立ち振る舞いや、ボランティア活動は得意だが……さすがに、一夫の妻に必要なスキルとは思えない。



しかし一夫は、領子との意図とは真逆に、とても前向きにその言葉を受け止めた。

「そんなん!気にせんでええ!えりちゃんに、弁当作れとか、簿記勉強しろとか、言うわけないやん。えりちゃんは今まで通り、キタさんと気ぃよぉ過ごしててくれたらうれしい。断わる理由はそれだけか!?ほな、はい、解決!かまへんな!?結婚しよう!」


目眩がするほど、明るい一夫を、領子はただただ見ていた。


このヒトは……このヒトのこの勢いは……このパワーは……。

竹原の有無を言わさないカリスマとはまた違う。

何があっても、笑ってなぎ倒してしまう豪快さが、領子には眩しく感じた。


ふふ……。

領子の頬が、そして、心が緩んだ。



パッと、一夫の表情が明るくなった。

「オッケーやな!」
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