いつも、雨
領子の返事を待つことなく、一夫はそう言って両手を上げた。


ガオーッ……と、クマのぬいぐるみに襲われる……そんな妄想に、領子は笑った。


一夫もまた、顔をくしゃくしゃにして笑った。

「そうかそうか!オッケーやねんな?な?」


声をあげて笑い続ける領子を腕に抱いて、ゆらゆら揺れながら、何度も一夫は領子の顔を覗き込んで尋ねた。


領子は、くすくすと笑いながら、一夫の腕で揺れて、揺れて……たまらずに音(ね)を上げた。


「もう、やめて。お腹がよじれちゃう。……ああ、苦しい。……でもわたくし、宇賀神さんの、そういうところ、好きみたいですわ。」


「えりちゃん!!!」

一夫はむぎゅーっと領子を抱きしめて、その白い頬に、強引に頬ずりした。


領子は、また、笑ってしまった。


そり残したお髭も、日焼けしたかたい皮膚も、男らしく思えて……決して悪い気はしなかった。



領子は、ようやく笑いを納めると、なるべく真面目な顔を作って言った。

「待って!待ってください!……聞いてください!……わたくし、離婚する時に、再婚はしないと決めたんです。……舅と、ずっと橘の姓でいると約束したんです。」


領子の言葉をちゃんと聞いて、それから一夫は、大きくうなずいた。


「わかった。……そんなん、簡単なこっちゃ。わしが宇賀神じゃなくて、橘になればええだけやん。」


あっさりとそう言って、一夫は笑顔で尋ねた。


「ほかには?何か、問題あるか?ゆーてみ?」



領子は、絶句した。


……簡単なこと……とは思えない。

一夫自身はともかくとして、親兄弟は反対するものじゃなかろうか。

いや。

それ以前に、バツイチ子持ち、それも一夫より1つ年上という負い目もある。






領子は、一夫の腕から逃れて、放置していたお茶のセットのそばに座り直した。

そして、いつも以上にお点前を簡略化してお茶を点てると、一夫の前に差し出した。


一夫が茶碗に口を付けたのを確認してから、領子は言った。

「宇賀神さんのお気持ちは、大変うれしく存じます。」


お世辞じゃなくて、本当にうれしかった。
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