いつも、雨
お茶を啜る体勢のまま固まっている一夫に、領子は続けた。

「でも、結婚となると、そう簡単には参りません。……わたくしは、百合子のことを一番に考えて生きてゆく、と決めています。……同じぐらい、宇賀神さんのご両親やお兄さまは、宇賀神さんの幸せを願ってらっしゃるはずですから、わたくしを快く受け入れられるとは思いません。」

淡々と言ったつもりだった。


でも、一夫は、領子の声から哀しみと諦めを感知した。


ズズッと音を立てて茶を飲み干すと、一夫は茶碗を両手でしっかり持ったまま、領子に言った。

「わかった。ほな、うちのもんと話つけてくる。……まあ、結果がどうあれ、わしはえりちゃんのこと、諦めへんけどな!」

そう言って、一夫は立ち上がった。


領子は、座ったまま一夫を見上げた。


どれだけ瞼が腫れてても、顔がむくんでいても、領子はとても美しく見えた。


一夫は、力強く言った。

「明日の朝、また来るわ。えりちゃんは、何も心配せんでええ。お兄さんも、説得する。……せやから、もう泣かんとき。機嫌ようらとしとき。」


……機嫌……ようらと?

ようらと、って、初めて聞いたわ。


馴染みのない言葉を反芻しているうちに、一夫は茶室を出て行ってしまった。



いつもなら玄関先まで見送るのに、領子はじっと座ったまま。

……そう言えば、お茶碗……。

抹茶茶碗が見当たらない。

もしかして、宇賀神さん、持って行っちゃったのかしら……。



愉悦がこみ上げてきた。


……堂々としてらっしゃるようでも……あのかたも、緊張なさってたのね……。


くすくすと笑っていると、キタさんが様子を見に来た。


「領子さま。……あの……宇賀神さんとは……」


「ふふ。プロポーズされちゃった。」

どう見てもうれしそうな領子に、キタさんもほほ笑んだ。


「……そうですか。では良いお返事をされたのですか?」

「いいえ。そのつもりはなかったわ。でもわたくしが挙げる理由は、宇賀神さんにとっては取るに足らないものみたい。……そのまま押し切られちゃうかも。」


まるで他人事のような言い草だが、投げやりではなく、領子は楽しんでいた。


恋じゃなくても、領子が一夫を気に入っていることは明らかだ。



……竹原さんには悪いけど……宇賀神さんとご一緒にいらっしゃる領子さまは、とても楽しそうなのよね……。
< 349 / 666 >

この作品をシェア

pagetop